水面を歩行
「どうぞ、そのまま水面に足を踏み入れて下さい」
安心させるような優しい椎菜の声。
守道は、吉平と吉昌を交互に見る。
視線が重なった彼らは、真剣な面持ちで頷いた。
「…………よしっ」
守道はぱんっ、と気合いを入れるように頬を叩いて、履いていた沓を脱いだ。
そして、そっと水面に足を伸ばす。
水面に指先がついた瞬間、柔らかな波紋が広がる。
それをみつめながら、水面にゆっくりと足をつけた。
不思議だ。
確かにひやりと冷たい水面に足をつけているはずなのに。
まるでそこが硬い地面であるかのように、沈まない。
「そのままお進み下さい」
さらに促され、守道達は椎菜の後ろを追う。
ひたひたと微かな水音をたてて歩いていると、すぐに玄関が見えてくる。
椎菜はゆっくりとその扉を開いた。
言葉なく玄関を上がり、薄暗い廊下を渡る。
玄関からさほど遠くない部屋の戸を開け、椎菜は柔らかく微笑んだ。
「色々と聞きたいことはあるでしょうが……今はゆっくりと休まれて下さい」
疲れていることは見破られている。
しかし、疲れているのは本当のことだ。
この気遣いは、非常にありがたい。
「ありがとう、椎菜」
「いいえ。 ……そうだ、お食事はどうされますか? もし必要ならば、お作りしますが……」
初めて出会って、邸に上げてもらうばかりでなく、細やかな気遣いまでしてくれる。
その優しさが、心身共に疲れきっていた守道達に癒しをくれる。
年の近い少女との会話は初めてだが、不思議と落ち着く。
せっかくの気遣いではあるのだが……。
「今は、いいかなぁ……。 な、吉平、吉昌?」
申し訳なさそうに呟き、守道は安倍兄弟を交互に見る。
すると、二人は淡い笑みを浮かべて頷いた。
彼らも同様のようだ。
守道は昨日の少し早めだった夕餉から何も口にしていないが、不思議と空腹感はない。
今あるのは、極度の疲労と睡魔だけ。
とりあえず、寝るが先だ。
「………そうですか。 ならば、どうぞゆっくりとお休み下さい」
「うん、ありがとう」
椎菜は気分を害する様子もなく、やんわりとした笑みを浮かべたままでゆるゆると首を横に振った。
気にするな、という椎菜の言葉の現れだろう。
そして、守道達が部屋に入ったのを見届けて、ゆっくりと扉を閉めて出ていった。




