少女・椎菜
「このような辺境の地に、お客様ですか?」
響き渡る鈴の音のような柔らかく愛らしい少女の声音。
聞けるはずのない人間の声に、守道と安倍兄弟は思わず目を大きく開いて驚く。
目の前にいたのは、焦茶の真っ直ぐ癖のない長髪を背中でゆったりと括り、ふっくらと柔らかい顔の輪郭を縁取る横髪が一束ずつ垂れている。
髪と同色の瞳は丸くやや大きめで、細い体には白の単に、赤の袴。
神に仕える巫女を思わせるものにそっくりなそれを纏う少女は、多分十二・三歳ほどだろうか。
「何で……人が……!?」
叫ぶ守道に少女はにこりと愛らしい笑みを浮かべ、首を傾げた。
「わたしは、この地を見守る者……。 椎菜と、申します。 どうぞお見知りおきを」
「あぁ……えっと……俺は賀茂守道。 両隣にいるのが、安倍吉平と吉昌兄弟……」
丁寧に自己紹介をしてくれる椎菜に、守道も挨拶を返す。
聞いていた椎菜は、さらに笑みを深めた。
悪い気はしない。
普通の少女だ。
桜の一件があったからだろうか、妙に神経が尖っていて上手く判断出来ない。
真か嘘か、いつもなら易く判断出来るはずなのに、どうやら感覚が鈍っているようだ。
「慣れぬ山歩きでお疲れでしょう。 どうぞ中へ……」
椎菜は微笑んだまま、水面に浮かぶ邸を指した。
しかし、守道達は動かない。
いや、どう動くべきか迷っているといった方がいいだろう。
そんな守道達をしばらくみつめ、椎菜は首を傾げた。
「いかがなされました、守道様?」
「えっと……どうやってあの邸まで行くの………?」
泉に佇む邸まではかなりの距離がある。
しかし、そこまでいく船などはない。
一体、椎菜はどうやってあの邸を出入りしているのだろう。
水面を指して唖然としている守道は、それ以上言葉が続かない。
守道の両隣にいる安倍兄弟も、不思議な光景に見入っていた。
三人の視線を追い、椎菜は邸を見た。
そして、再び守道達に視線を戻し、柔らかな笑みを浮かべた。
「ご安心下さい。 この泉は、夢うつつ。 この世にあるようでない……不思議な泉です」
「………………?」
せっかく説明してくれたが、全くといっていいほど理解出来なかった。
眉間にしわを寄せて首を傾げる守道をそのままに、椎菜は素足をそっと水面に近づける。
普通ならば、足は水の中に沈む。
しかしどうだろう。
水面に近づけた椎菜の足は、沈むことなくしっかりと上に乗っている。
どうなっているのかと聞くよりも先に、椎菜は守道達を振り返った。




