檻
「紅姫、こちらのことは気にするな。 吉野の件の判断の権利は、全てお前にある」
『………重い役目ね』
紅姫はため息をつきながら、そう呟いた。
重い。
重すぎる。
しかし、式に頼るしかない今の状況では仕方ない。
今、守道達の傍に光栄や晴明はいない。
いつも守っていたはずの存在は、遠く離れてしまっている。
唯一あるのは、念のためにとつけておいた式二体と、光栄の霊力をたっぷりと注ぎ込んだ霊符。
頼れるのは、それだけなのだ。
『あんたは、大丈夫なの……?』
「え?」
不意に聞こえてきた、主を心配する紅姫の声。
ずっと吉野にいる守道達の心配で頭がいっぱいだった光栄は、思わず聞き返す。
何故、自分の心配をしてくるのだろうか。
首を傾げて言葉を待っていると、ピチャン、と紅姫が水面を跳ねる。
『綻びは、直接あんたに繋がってる。 主を心配するのは、式として当たり前でしょう?』
紅姫の言葉に、光栄は再び表情を引きしめた。
そして、ゆっくりと瞼を下ろす。
意識を集中させるのは、光栄自身の体の奥の奥。
体と魂を繋ぐ、狭間。
そこに、全てを閉じ込める封印という名の檻がある。
その檻の中にあるのは……。
――出して……。
――早く、出して……。
ざわざわと、ねっとりとした重い闇が蠢いている。
それの本体は、吉野の地に。
しかし、光栄の中にある檻は、直接吉野にいる本体の闇と繋がっている。
背中合わせ。
月と太陽の如く、ずっと傍にあるのだ。
――ねぇ、聞こえるでしょう……?
封じてから今まで、聞こえることのなかった、闇の声。
それが、はっきりと聞こえる。
確かに、封印の檻は脆くなっている。
このまま檻が崩れれば、直接繋がっている光栄の体に闇が放たれてしまう。
闇が光栄の体を蝕み、堪えられずに力尽きたその瞬間。
闇が光栄の体を突き破り、一気にこの世に溢れる。
それだけは、避けなければならない。
「俺は、まだ大丈夫だ。 親父もいるし……何より、晴明がいる」
自分を支えてくれる、唯一無二の心強い友人、安倍晴明が。
まだ、自分は何とか一人でも抗える。
しかし……。
「紅姫、絶対に守道を奪われるな。 あいつを奪われたら、終わりだ」
『えぇ、わかってる』
遠く離れてしまった、息子・守道の存在。
それは、光栄の唯一の弱点。
盾に取られてしまえば、光栄は動けなくなるのだ。
「頼むぞ、紅姫……」
懇願するような光栄の声。
その声に、紅姫の返事はない。
代わりに返ってきたのは、水面を跳ねる水音だけだった。




