表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
賀茂陰陽伝  作者: 東雲しはる
71/85

保憲の意思はいずこに……


―――――

――――――――――


夕刻、一日の終業間近の陰陽寮、暦博士・光栄の仕事部屋。

机に積まれた沢山の仕事と向き合い、必死に筆を動かしていた時だった。


ピチャン……。


不意に響いた、清らかな水音。

すでに聞き慣れたそれに、光栄はゆっくりと机から顔を上げた。


「………………紅姫?」


問いかけて、しばらく待ってみる。

返事は、ない。

しかし、感じる。

揺らいでいるようだ。

紅姫がその身に持つ霊力も心も。

主である光栄には、たとえ場所が遠く離れていようとも、式の異変には気づく。

いやな予感が脳裏をよぎった。

おかしい。

紅姫のこんな状態は滅多にない。

もしかして、吉野で何かあったのだろうか。

光栄は騒ぐ気持ちを抑え、すっと表情を引きしめた。


「紅姫、何があった」


静かな声で告げると、再びピチャン…と水音が返ってきた。


『光栄………』


ひどく沈んだ、今にも崩れそうな声。

その声に呼ばれ、光栄はさらに目を鋭く細めた。

胸がざわつく。

胸の奥で、激しく警鐘を鳴らしている。

悪い予感が、頭から消えない。


「どうした、紅姫?」

『揺らいでる………揺らいでいるのよ……。 あんたのかけた、封印が……』

「………っ」


紅姫のはっきりとしない言葉。

それでも、光栄にはわかる。

悪い予感が当たってしまった。

いつか来るだろう、光栄の祖父・忠行の代から続いてきた吉野の因縁の、綻びの瞬間が。

音もなくゆっくりと。

しかし、確実に綻びが迫っている。

襲ってくる絶望感を必死に胸の奥に抑えつけ、ゆっくりと息を吐き出した。


「守道と……晴明の息子共はどうしてる?」


光栄の問いかけに、やはりしばらく沈黙が返る。

それでも根気よく待っていると、ようやく言葉が返ってきた。


『動揺がひどいわ。 ねぇ、本当に教えなくてもよかったの? 知らない方が、本当に動きやすかったの?』


わからない。

そんな紅姫の気持ちが、痛いほど伝わってくる。

やはり、伝えるべきだったのだ。

こうなるとわかっていたのに……。

何のために、保憲は守道達には教えないと言ったのだ。

保憲の意図が、全くわからない。

完全に、光栄の思考の範囲を越えてしまっている。


『だから、行くわ。 あの地へ。 あの子達に、教えてあげるべきだと思うから……』

「……………そうか」


紅姫の声に、光栄はそれしか答えられなかった。

式が下した勝手な判断だ。

しかし、光栄も気持ちは同じ。

今伝えなくて、いつ伝えるのだと。

もはや、保憲の意図は関係ない。

親として、子にしてやれることはしてやる。

保憲に何と言われるかわからないが、怒られるなら、怒られてやろうではないか。

それが、自分の役目だ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ