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賀茂陰陽伝  作者: 東雲しはる
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安倍氏の長男・吉平

「…………よしっ!」



呼吸を整え、一拍置いて気合いを入れるように拳を握り、右足を一歩前に踏み出した。



その刹那。



「やあ、おはよう、守道」



のんびりおっとりとした少年の声が守道を呼び止める。



守道は足を前に踏み出した体勢のまま動きを止めた。



この声、知っている。



知らないはずがない。



守道はすっと目を細めて上半身を捻りながら、背後を緩慢に振り返った。



「何だよ吉平、寝坊か?」



そこにいたのは、守道と同じ紫色の直衣と烏帽子を身につけた同い年の少年・安倍吉平だった。



「そう言う守道だって、寝坊かい?」



吉平は、烏帽子からのぞく藍色に近い黒の前髪をゆらし、同色の瞳を笑みに細める。



そんな吉平に、守道も負けじと屈託のない笑みで応じた。



「奇遇だな、俺もだ」



「奇遇だねぇ」



そう互いに短く答え、すぐに口を閉ざしてしまう。



二人の間に流れている、肌を刺すような殺気を含む異様なこの空気。



まるで時が止まったかのように、音もなくただ静かに二人を包み込んでいた。



はたから見たらきっと、一触即発の危ういやりとりに見えるだろう。



その証拠に、道を行き交う人々は守道と吉平をまじまじと振り返りながら隣を通りすぎていく。



その中でも数名止めるか否か、迷うような仕草を見せる通行人もいる。



しかし、やはり関わらずに去っていく。



触らぬ神に祟りなし。



余計な手出しはしない方がいいと考えたのだろう。



しばらく誰も声をかけぬまま、時が流れた。




「…て、こんな呑気な会話してる場合じゃない!!」



不意に我に返った守道が声を張り上げる。



そんな守道を少し呆れたような目で見つめ、吉平はやんわりと首を傾げた。



「いつもだけど…君、忙しないよね」



「誰のせいだと思ってるんだよ!?」



守道は目を吊り上げ、吉平にくわっと牙を剥いて叫ぶ。



守道がいつも忙しなく見えるのは、きっと吉平が原因だ。





というのも、良くも悪くもゆっくりのんびりおっとりした性格の吉平に、守道はいつも振り回されている。



しかも、それだけでなく吉平にはからかい癖がある。



そこが一番厄介で、守道は常に頭を悩ませているのだ。



「………あれ…?」



ふと目の前にいる吉平の周囲を見て違和感を感じ、守道は怒りを忘れて呆然と呟く。



何か足りない。



そう思った守道は、足りない何かを探すように頻りに周囲を見回した。



そうだ。



いつも吉平の傍らにいる存在がいないのだ。



「なぁ、吉平……弟の姿が見当たらないみたいだけど、一緒じゃないのか?」



「あぁ、吉昌かい?」



心配するような声に、吉平は今までと変わらない笑みを浮かべている。



そして、ゆっくりと息を吸いながら口を開いた。



「それがねぇ……兄上はのんびり過ぎる、付き合ってると遅れるから先に行くって言われたんだよ」



守道は吉平の言葉に口端を苦笑に歪ませた。



あぁ…要するに、置いていかれたのか。



哀れというか、何というか…。



しかし、時間なんて気にもしない吉平が吉昌に置いていかれるのはいつものことだ。



本人にはそのことで傷ついたり、改善しようといった心構えが全くない。



それでも、あまりしつこく遅刻を繰り返すと、賀茂と安倍の上官の怒りを買うぞ、吉平。



そう心の中で思っていても、自分も置いていかれた立場であるために口に出して言えない。



それが少しだけ悔しい。


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