戸惑い
『まずいわ……これ以上、進めない』
重々しい口調で紅姫が呟いた。
守道達は一斉に少し先にいた彼女に視線をそそぐ。
どうやら、この場にある邪気の強さに、戸惑いを覚えているようだ。
光栄の式である紅姫ですらそんな様子なのだ。
陰陽師としてまだまだ未熟者である守道達は、この強い邪気に負けてしまう。
いや、完全に負けてしまっていた。
『守道、急いで離れて。 ここにいたら、駄目よ』
紅姫はくるりと守道を振り返る。
そして、パシャリと地面を跳ね、守道の体に勢いよく飛び込んだ。
「わっ……!」
いまだに慣れないこの感覚。
紅姫が守道の体内に戻った。
しかし、それの影響だろうか。
ふと、体にあった異変が全て消え、憑き物が落ちたかのように軽くなった。
守道は、肺が空になるほど深く息を吐く。
少し落ち着きを取り戻した時、体の中に戻った紅姫が声をかけた。
『さあ、早く。 吉平や吉昌も連れて離れなさい』
「う、うん……。 行こう、吉平、吉昌」
守道自身、こんな場所からは早く離れたかったから、大きく頷いた。
そして、硬直して一歩も動けずにいる吉平と吉昌の手をとる。
守道の誘導する声が聞こえていなかったのだろうか。
かなり驚いた様子で、弾かれたように勢いよく守道の顔を見た。
「ここから早く離れよう。 紅姫も、そうしろって言っているから」
柔らかな声で言うと、吉平と吉昌は少し戸惑いながらも頷く。
守道は安心させるような笑みを浮かべながら、ゆっくりと歩き始める。
吉平と吉昌は引き摺られるかのようにして歩き出す。
離れていくたびに邪気から解放されていくのだろう。
ほぅ…と安堵の混ざるため息が左右から聞こえてくる。
少しずつ、二人の歩く速度も戻り始めた。
大丈夫。
やっと、逃れられた。
そう思い、守道は口を緩慢に開いた。
どうしても、聞きたいことがある。
聞いておかなければとんでもないことになりそうなこと。
「ねぇ、紅姫……。 一つ、聞いてもいい?」
守道の声に、しばらく沈黙だけが返る。
紅姫自身にも邪気の影響が何かあったのだろうか、と一瞬不安が脳裏をよぎった。
しかし、考えた瞬間に優しく柔らかい、不安を拭いさってくれるような声が返ってきた。
『えぇ、聞くわ。 ……何を、わたしに聞きたいの?』
「……じいちゃん……難しいことはないって、言ったよ」
『……………』
戸惑いを含む守道の声。
紅姫は何も言えなかったのだろうか。
ただ、沈黙だけが返ってきた。




