今は亡き、母の面影
「僕らは母のことを知らないから……本当に、なんとなくそう感じたよ」
隣にある吉平の横顔。
穏やかで優しいが、どこか寂しさが混じっている気がしてならない。
その向こうで、吉昌も緩やかに口を開いた。
「父上も、絶対に言わないし聞かない方がいいのだとわかってます。 でも……」
寂しい。
そう言いかけたのかもしれない。
晴明の妻であり、安倍兄弟の母の話はまるで聞かない。
守道は詳細を知らないが、吉昌が生まれてすぐに他界したらしいと光栄から聞いたことがある。
多分……いや、確実に光栄は詳細を知っている。
晴明の友人である光栄が知らないはずない。
しかし、友人である光栄が知っていて息子である吉平や吉昌が知らないのだろう。
そんなことが次々と脳裏に浮かび、どう話しかけようかと視線をさ迷わせる。
しかし、寂しさの浮かんでいた二人の顔は、すぐに笑みに変わった。
「ね、紅姫。 集落跡まではまだ遠い?」
無理矢理に話を逸らした吉平を、守道はじっと見つめる。
まるでこれ以上は聞くな、踏み入るなという拒絶のようで、何も言えなくなってしまう。
吉平自身が言い出したことだが、言いたくないのなら仕方がない。
守道はふう…と小さく息をつき、紅姫に向かって首を傾げた。
「結構歩いてるけど、あとどれくらい?」
『あとどれくらいかなんて、進んでいればしだいにわかるわ』
「…………………え?」
言われた言葉の理由がわからず、守道は思わず聞き返す。
しだいにわかるとは一体どういうことだ。
道の途中に目印か何かがあるということだろうか。
考えを巡らせ、それでもわからない守道は首を捻る。
その瞬間。
体を、頭から足先まで一気に微弱な電流が突き抜けていくような感覚が襲った。
ざわりと、気持ちの悪い鳥肌が全身に広がっていく。
静かで波のなかった心が不意に掻き立てられるような、激しい不安感。
直感が警鐘を鳴らしている。
危険だと。
しかし、一体何が危険なのだ。
見えている景色は、今までと変わりない。
なのに、何故……。
守道は激しく脈打つ心臓を押さえ、吉平と吉昌に視線を滑らせた。
二人も守道と同じように感じているようで、すっと目を鋭く細め、口を一の字に引き結んでいる。
そして、細められた目は何かを警戒するように、頻りに周囲を這っていた。




