命なき箱庭
「それにしても……どうなってるんだろうな、ここ」
守道は木漏れ日が注ぐ森の道をしっかりと踏みしめて歩きながら、ふとそう呟いた。
木々は青々と瑞々しい葉をつけていているし、地面から伸びている草もとても元気がよさそうだ。
とても、冬だったとは思えない。
「……でも、何が足りないと思いませんか?」
「足りない……?」
ぐるりと周囲を見渡して呟かれた吉昌の疑問に、守道は聞き返す。
首を傾げている守道に、吉昌は真剣な面持ちで一つ頷いた。
「これだけの自然があるのに、生き物の気配をまるで感じないんですよ」
吉昌の確信のこもる言葉に、守道は慌てて周囲を見回した。
確かに、吉昌の言う通りだ。
森で必ず聞こえるであろう鳥たちの囀りが一声たりとも聞こえない。
この暖かさなら、蛙や蛇、蝶などの小さな生き物達がいてもいい。
しかも、猪や鹿もいない。
ここはまるで、命の吹き込まれていない、美しすぎる風景だけの箱庭のよう。
本当に、命で溢れる現世なのかと思わず疑わずにはいられない。
守道は風景をみつめながら、ごくりと生唾を飲んだ。
「そういえば……保憲様は言葉を濁していたよね」
ぼそりと、まるで独り言のように吉平が呟く。
風景ばかりをみつめていた守道と吉昌は、反射的に吉平の妙に落ち着いた横顔に視線を滑らせた。
そうだ。
あの時、保憲が言いかけながらも止めてしまった言葉があったではないか。
『昔、沢山の命を脅かす災厄が降りかかった。 それは解決したはずだったのだが……』
と、昔を振り返るように重く響く声で呟いたのだ。
あの時は何でもないとはぐらかされた。
それから一度もこの地に赴いていないものだから、気がかりなだけだと。
その時は守道も場の雰囲気に流されるような形ではあったが、一応納得した。
しかし、今になって考える。
本当にそれだけなのか、と。
保憲が人が住まないと告げた瞬間によぎった不安が確かに守道の中にあった。
その不安が、今この風景に繋がっていく気がしてならない。
考えが膨らんでいくうちに、ぶわりとやけにべたつく冷や汗が体中から噴き出し、肌を滑り落ちていく。
その感覚が気持ち悪く、守道は頬を伝う冷や汗を手の甲で拭った。
「………守道」
いつの間にか口をきゅっと一の字に引き結び、眉をひそめていた守道を吉平が柔らかな声で呼んだ。
その向こうで、吉昌も静かな眼差しで守道をみつめている。
吉平の声が何を伝えたいのか、守道はあえて聞かずともわかっている。
悪いことは考えるな、という戒めが込められているのだ。
それは、幼馴染みの優しさではない。
幼く未熟ながらも、陰陽師としての戒めだ。




