式・綺瀏
『呼んだか、我が主・賀茂光栄よ』
響いたのは、若い男のような低くも高くもない声。
その声の主は、ふさふさで思わず触れたくなるようなの白銀の毛並みに、月のように神秘的な雰囲気のある金色の瞳。
長く太い尻尾をゆらゆらと心地良さそうに揺らし、時折頭の上の三角の獣耳を動かしているのは、視界に入りきらないほどの巨大な犬。
いや、これは狗といった方がいいだろうか。
何せ、そこらの飼い犬とは随分見た目とその身に持つ霊力が桁外れなのだから。
どうやら光栄の式であることは本人達の様子から見て、まず間違いなさそうだ。
「おう、悪いな綺瀏。 前にも話したと思うけど……息子達を吉野へ送ってやってほしい。 場所は、わかってるよな?」
『勿論、覚えている。 任せておけ、確実に送り届ける』
巨大な狗、綺瀏は落ち着きのある静かな眼差しで光栄を見下げ、こくりと頷いた。
その様子に、光栄は満足げな笑みを顔に浮かべて綺瀏に頷き返した。
「よし、守道。 こいつは綺瀏、俺の式で便利な移動手段だ」
「あぁ、うん……」
守道は目を丸くしたまま、呆然と呟いた。
式の目の前で便利な道具扱い。
これを平然と怒ることもなく聞き流せている綺瀏の心の広さに思わず感嘆してしまう。
じっと綺瀏を見上げたままの守道の目の前に、空で縫い止められたかのように動かずにいた霊符が、ふいにひらりと風に揺れた。
「召喚の仕方はわかったな、守道?」
「………うん、なんとなく」
守道に向かってひらりひらりと舞い降りてくるそれを反射的に掴み、ふと首を傾げた。
霊符に刻まれていたまじないが完全に消え、真っ白だ。
これは一体どうすればいいのだろうか。
そう思い、守道は光栄を下から見上げた。
「綺瀏を霊符に戻す時はどうするの?」
霊符としての効果を生むには、まじないが必要不可欠。
そのまじないが消えているのに、どう戻せというのだ。
「役目を終えたら綺瀏が自らそれに戻ってくれる。 戻ったなら、まじないも元通りになるから安心しろ」
その言葉に、守道は呆れたような眼差しで光栄を見上げた。
一体、どこまで式にやらせているのだ。
まじない云々は陰陽師の仕事だろうに。
もしかしなくても、それすら面倒だとでもいうのだろうか。
そうだとすれば、陰陽師としてそれはどうなのだと本気で心配してしまう守道である。
しかし、そんな守道を知ってか知らずか、晴れやかな表情で胸を反らした。




