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賀茂陰陽伝  作者: 東雲しはる
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初対面・紅姫

「あれ……? ……この音……」


聞こえてきた水音に、守道は耳を澄ます。


ピチャン……。


あの優しく澄んだ耳に心地いい音。

夢の中で聞いた、あの水音と一緒だ。


「……来い、紅姫」

「こう、ひめ……?」


目を閉じたまま呟かれた光栄の言葉を守道はゆっくりと繰り返す。

姫というからにはきっと、命あるものの名前だ。

しかし、この水音と何の関係があるのだろうか。

そう考え込むように顎に手をあてて、顔を下に向ける。

しかし、その瞬間に守道の脳内の思考が全て吹き飛んで、真っ白になった。

守道の目に飛び込んできたのは、風景は光栄の散らかった部屋のままなのに、まるで清らかな泉の水面をすべるような波紋。

それはゆっくりと、とめどなく次々と生まれては消えてを繰り返していた。


「これは、何……?」


その守道の問いに答えるよりも早く、ピシャンと水面が跳ねる一際大きな音が部屋を満たす。


その音が聞こえた原点は、光栄の背後。

守道は勢いよく顔を上げ、光栄をみつめた。

その瞬間、あり得ないものが光栄の背後を跳ねた。

それは赤く、細長い。

そして、艶めく硬い鱗に尾ひれ。

あれは間違いない。


「こ、鯉……っ!?」


どうしよう。

もはや、思考が追いつかない。

それどころか、破裂寸前だ。

何故、水の中に棲息しているはずの鯉が部屋の中にいるのだ。

守道はそれ以上考えることも出来ず、ただ石のように硬直している。


「………おーい…守道ー?」


それを目の前で見ていた光栄はひらひらと守道の顔の前で手を上下に振ってみせる。

表情に焦りはない。

それどころか、やや口端が吊り上がっており、今の状況を待っていたようにも見えてしまう。


「大丈夫かー……?」


言葉だけなら心配しているように思える。

しかし、やはり声は笑っているのだ。


『ちょっと光栄、それじゃ守道が可哀想よ』


嘆息気味に呟かれたのは、若い女の声。

守道はその声により、ようやく我に返る。

夢の中で聞いた、命の恩人の声だ。

どこから聞こえるのだろう。

そう思い、ぐるりと部屋を一周見渡した。

そして、ある一点に視線が止まった。

それは、光栄の周りを優雅に浮遊している赤い鯉。


『早く説明してやりなさいな』


そうだ、間違いない。

確実に、あの鯉が喋っている。


「いやー、面白いくらいに俺の予想通りの反応だったからつい……」


光栄はにこやかな表情で後ろ頭をガリガリと掻いている。

そんな光栄を、守道は下から睨んだ。

少しだけ、恨みがましい眼差しで。

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