偉大な父
「二つ目は、これだ」
そう言ってじゃらじゃらと揺すって音をたてているのは、濃い茶色の珠が紐のように連なった数珠。
それはいつも光栄が首から下げていてるものだ。
そのため、光栄の霊力がたっぷりとついていて、呪力も守道の持っているものを遥かに凌駕する。
そんな大切なものを、守道渡すと言うのだ。
それにはさすがに驚いた守道は、元々大きい目をさらに開いて勢いよく光栄に向かって顔を振り上げた。
「いや……、さすがにこれは預かれないよ、父さん!」
しかし、焦る守道を気にとめることもなく、光栄は少しだけ自慢げな笑みで胸を反らしてみせる。
「なぁに、問題ない。 数珠の一つや二つなくたって、俺は別に困らないから」
「……………」
告げられた光栄の言葉に守道はもはや、言葉もない。
守道は口をあんぐりとみっともなく全開で、ただ下から光栄を見上げることしか出来ない。
持ち主本人の霊力と呪力がこもる数珠は、意外と大切なものだったりするのだが、光栄にはそれも些細なことらしい。
それもそのはず。
光栄は、あの生きたまま伝説となろうとしている吉平兄弟の父・晴明と並び、朝廷や藤原家、その他貴族などに広く名前を知られている人物だ。
きっと、賀茂光栄という陰陽師の名を、都で知らない人間はいないだろうほどに。
そんな父の真の実力は、保憲や晴明、なにより帝のお墨付きだ。
守道の思考で追いつくほど、易い陰陽師ではないのだ。
それがわかっているから、さらに悔しい。
いつまでも父の名におんぶにだっこの自分が情けない。
実力の差は、比べずとも明らかだ。
じっと光栄の手に握られている数珠をみつめていると、それをそっと首からかけてくれる。
どうやら、本気で持って行けといっているようだ。
ここまでされて突き返せないため、守道は素直に受け取る。
その表情は明らかに不満げだが、光栄は気にもしない。
そして、懐に手を突っ込んで、さらにごそごそと何かを探している。
今度は何だろうかと首を傾げて待っていると、またもや霊符だ。
しかし、今度は一枚、最初に貰ったものよりも遥かに複雑なまじないが刻まれている。
「これは一応、吉野への移動手段だ。 なくすんじゃないぞ?」
「移動手段………?」
光栄の言葉を全く理解出来ない守道は、更に深く首を傾げた。
「まあ、後でわかる。 それまで待ってろ」
光栄はにっこりと屈託のない笑みを浮かべる。
そんな光栄を下から見上げ、守道は口をきゅっと一の字に結んだ。
光栄から渡されたのはこれで三つ。
もう一つは一体何だろうか。
そう考える守道の眼差しに気づいた光栄は、そっと目を閉じる。
そして、ゆっくりと口を開いた。
「最後、四つ目は…」
今までとは違う、真剣で少しだけ低い声音。
その声に、守道は知らず知らずのうちに背筋がのびる。
不満げだった顔も、一瞬にして真剣なものへ変わった。
きっと、かなり重要なものかもしれない。
そう思うと、自然と緊張で全身が強張っていく。
しかし、その刹那。
ピチャン……。
邸の中で聞こえるはずのない水音が、ふいに部屋に響き渡った。




