守道の忘れもの
「うん。 あのね、怖い男の声を聞いたよ。 それで、父さんと俺のことを当然みたいに知ってたんだ……」
突然幼稚返りしたような口調で、守道が必死に光栄に伝える。
本人は目が冴えたと言うが、それは少し疑わしい。
光栄には、守道はまだ夢見心地の状態から抜けきれていないように見えているのだ。
そうでなければ、幼子のように甘えてなどこない。
そのことに疑問を抱きながらも守道の言葉を聞いていた光栄の顔から笑みがすうっと静かに消えた。
「………やっぱり、干渉してきたか…」
守道に聞こえない程度にぼそりと呟いた声。
守道は笑みが消え、恐ろしいほど低い声で呟いた光栄のことなど気にもせず、再び口を開いた。
「あと……不思議な水音と、とても清らかな女性の声も聞いたよ」
それを聞いた光栄の顔に、少しだけ驚きの表情が現れる。
そして、しばらくそのまま硬直したのち、再び優しい笑みを浮かべた。
それはきっと、光栄の式・紅姫だろう。
光栄の式には元々形はない。
あるのは、普段は目に見えない霊力の塊。
それらは自らの意思で形を成し、見鬼を持つ者達に姿を見せているに過ぎないのだ。
彼女らがそれは必要ないと感じれば光栄の体に戻り、霊力に混じって姿を消す。
その応用で、光栄の血縁ならば霊力に調和し、たとえ夢の中であっても自由に出入りが出来る。
多分、守道の危機を嗅ぎつけ、夢とうつつの狭間へ干渉したのだろう。
「大丈夫。 その女はお前の味方だ」
「そうなの?」
守道は光栄の安心させるような言葉に目をしばたたき、寝そべったまま首を傾げる。
そんな守道に、光栄は柔らかな笑みで大きく頷いた。
紅姫が守道を守っているのだから、夢うつつでの出来事に関してはもう大丈夫だ。
しかし、大丈夫ではないことが一つだけある。
それはとても重要で、現実のものだ。
「守道、お前……吉野行きの準備はどうした?」
「…………」
半ば呆れたように半眼で聞く光栄に、守道は思わず無言で硬直した。
しだいに頭が回り始めたのだろう。
守道の顔から徐々に血の気が引いていく。
「忘れてたな、守道」
「うわ……、やばいっ!!」
守道は体の上から掛けていた袿を勢いよく剥ぎ、脇に放り投げる。
そして、血相を抱えて茵から跳ね起きた。
そうだ。
準備をしている途中でいつの間にかうたた寝して、完全に放り投げてしまっていた。
「どうしよう、全然準備してないよ!」
「………だろうな」
白を通り越して青い顔で頭を抱える守道に、光栄はため息混じりにそう呟いた。




