表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
賀茂陰陽伝  作者: 東雲しはる
35/85

式の存在理由

『ちょっと光栄。 たそがれてないで、わたしを呼んだ理由を早く言いなさいよ』


ずっと夜空を見上げて黙り込んでいた光栄に紅姫が話しの続きを催促する。

早く話しを変えてしまおう。

光栄の気と霊力がこれ以上乱れ、削がれてしまう前に。

彼の乱れは式に強く結びつくのだ。

その心配を知ってか知らずか、光栄は目を眇て足下の波紋を睨む。


「たそがれてない」

『あら、わたしにはそう見えたわよ?』


紅姫はしれっとした声で告げた。

光栄はむっすりとした面持ちで口をへの字に曲げ、波紋をじっと睨みつけている。

それを波紋の内側から見上げていた紅姫はふっ…と笑みをこぼした。

この表情、守道とそっくりだ。

表から見ることは出来ないが、光栄の中からいつも微笑ましく見守っていた。

やはり親子だなぁ、と思わずにはいられない。

笑いを必死に抑え込む紅姫の向こう側で、光栄が不意に重く、長い息をついた。


「紅姫、お前に頼みたいことがある」

『えぇ、聞くわ』


むっすりとした表情は消え、いつしか真剣なものへと変化している。

紅姫は考えることもせず、すぐさま頷いた。

式である紅姫には、主である光栄の頼みを断ることは出来ない。

どんなに小さなものも、思わず言葉を失うほど道を外れた危ういものでも、絶対に従わなくてはならないのだ。


「本当は、お前達を晒すわけにはいかない。 ……けど、あえて頼む……」


光栄は不意に、目を閉ざした。

まるで、全ての感情を押し込めるように。


「守道にお前を預ける。 一緒に、吉野へ行ってほしい」

『……もう、決めたことなのね?』


何故、どうしてという言葉はけして告げない。

紅姫が選んだ言葉は、光栄の気持ちを尊重する言葉だった。

どれだけ悩んで、考えて行き着いた答えで、命令なのかを紅姫は知っているのだ。

それを無視して根掘り葉掘り問いただすつもりは欠片もない。

光栄が望むなら、その通りに動く。

それが主の手であり、足である式の役目なのだから。


「本当は、俺が一緒に行ってやりたい。 でも、それは出来ないから……」


必死に抑え込んでいる感情が少しだけ滲む、悲しい声。

その声に、紅姫は目をすっと細める。

光栄は、一緒に行ってやりたくて仕方ないはずだ。

一緒に行って、これから先にあるだろう困難から守ってやりたいと強く願っている。

それが出来ない自分の代わりに、紅姫に全てを託した。

そこには、守道を必ず守れという簡単そうで難しい、光栄の強い願いが込められている。


『任せなさい、必ず守ってみせるわ。 守道のためにも、あんた自身のためにも、ね』


だから安心しなさい、と落ち着かせるようにわざと強い口調で光栄に告げた。

その意図を解したのだろう。

光栄はくしゃりと今にも泣き出しそうな表情で無理矢理笑みを作ってみせた。


「ありがとう」


たった一言だ。

しかし、それがやけに重い。

その言葉は、光栄の期待を混ぜたものだから当たり前だ。

それを受け止め、紅姫は光栄を見上げた。

本当に、どうしょうもない男だ。

いつもはすぼらでだらしなく、妻や子を悩ませてばかりいるのに……。

ふとした瞬間に、いつもは見せない深い愛情をちらつかせる。

それを見る瞬間が、紅姫達にはじつに人間らしくて愛しいと思う。

気取らないありのままの姿でいるからこそ、紅姫達は式として何も言わず聞くこともせず、従っていられるのだ。

賀茂光栄の式として……。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ