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賀茂陰陽伝  作者: 東雲しはる
34/85

光栄の式



ピチャン……。


じっと息子達をみつめていた光栄の座する場所から、不意に水音がたつ。


ピチャン……。


柔らかで穏やかな水音が、光栄を呼ぶように一定の早さで聞こえている。

その音に吸い寄せられるように、光栄は足下へ視線を滑らせた。

その先にあるのは邸の中では絶対に見ない、水面に浮かぶはずの波紋。

それは光栄を中心に、次から次と内から外へ清らかな波紋を滑らせている。

それをみつめていた光栄は、不意に目を細めた。


「どうした、紅姫(こうひめ)


そう波紋に向かって問いかけると、


ピチャン……。


と、答えるかのような一際大きな水音をたてて一つ波紋を浮かべた。


『どうしたとは……とんだ言い草ね、光栄』


止めどない波紋から発せられたのは、澄んだ玉響(たまゆら)のような、頭に直接響いてくる女の声。


『わたしを、呼んだでしょう?』


その問いに、光栄は肺が空になるほど深く息を吐く。

そして、ガリガリと後ろ頭を無造作に掻きむしった。


「うん、呼んだ。 呼んだけどな……出てくるのが早い」

『来いと言ったり早いと言ったり……忙しいわね、あんた』


呆れともとれる言葉に、光栄はむっとした表情で口をへの字に曲げた。

確かに呼んだ。

息子達を眺めていた時に。

後で話しがしたい、と。


「息子達は、お前達の存在を知らない」

『えぇ、知ってるわ』


どこか拗ねた口調を隠せない光栄の言葉に、しれっとした声で告げた。

そして、床に浮かぶ波紋が不意に歪む。

歪んだそこから現れたのは、大人の手のひらほどの真っ赤な鯉。

ピシャリと波紋を叩き、飛び跳ねたのだ。

この鯉は、光栄の式。

光栄の霊力を媒体にして生まれた、唯一無二の存在だ。

光栄はたとえ息子であっても、彼らの姿を簡単に晒すべきではないと考えている。

そのため、ほとんどの者は光栄の式を知らないのだ。


「……とりあえず、場所を移すぞ」


ここでは、ゆっくりと話しが出来ない。

それに、話し声でせっかく眠っている息子達を起こしてしまう。

そして、式を見られてしまう可能性があるのだ。

光栄は名残惜しそうに息子達の頭を一撫でした後、ゆっくりと立ち上がる。

移動する光栄と一緒に、波紋もついてくる。

それと共に部屋を出た光栄は気温が下がった外気を浴びる簀子に立ち止まり、夜空を見上げた。


「他の奴らはどうしてる?」

『自由気儘に、あんたの命令待ちよ』

「そうか……」


しばらく夜空を見上げたまま押し黙る光栄を、紅姫は浮かぶ波紋からじっとみつめる。

気が、乱れている。

そして、微かに霊力もだ。

本人が気づいているのかいないのか定かではないが、式である紅姫にははっきりとわかる。

きっと、朝に保憲と交わした会話を引き摺っているのだ。

常に主の霊力に混じって存在している紅姫達は、その会話を一緒に聞いていたのだから間違いないだろう。

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