予感
他人事だと思って、勝手な事を…。
都から吉野の距離は、ちょっとと言える距離ではない。
かなり遠い。
「頑張れ、守道」
にこやかな眼差しで強く拳を握ってみせた光栄を、守道は恨めしげに見つめた。
賀茂家に生まれて十四年。
守道は、様々な怪奇を察知する見鬼をその身に持って生まれた。
見鬼は、修行で身に付くほど易いものではなく、生まれた頃よりの天賦の才がものをいう。
たとえ修業して身につけても、持って生まれた者の見鬼には敵わない。
それを持つ守道は、さすが賀茂家の血筋だ。
しかし、そんな能力も霊力も申し分ない守道でも、賀茂家の感覚には少々ついていけない。
どうも、通常の家庭よりも様々な事に関する感覚が歪んでいる気がしてならないのだ。
「父さんの阿呆」
「俺に文句言うな」
呟いた言葉は、完全に八つ当たりだ。
しかし、口に出さなければやってやれない。
守道は光栄を恨めしげに下から見上げたまま、ふっくらと柔らかい頬を大きく膨らませた。
「成敗」
そんな守道を柔らかく目を細めて見ていた光栄は、からかいの混じる穏やかな声で一言そう呟く。
そして、守道の額に手を伸ばし、指で弾いた。
「い…っ!」
「話しはそれだけだ。 部屋に戻ってこい」
「……はーい…」
守道は赤くなった額を撫でながら立ち上がって、ゆっくりと部屋を出る。
そして、冷たい簀子を歩いて部屋に戻る途中、守道は不意に立ち止まった。
「面倒な事じゃなきゃいいんだけど……」
額に手を当てたまま、守道は目をすっと細める。
何だか、嫌な予感がしてならない。
光栄はいつもの飄々とした風情で話していた。
しかし、どこか違う。
どこが、と問われても答えるのは難しい。
多分、直感だ。
「いや…しっかりしろ、俺」
幼い頃から父や祖父に言われてきただろう。
あまり心乱れ揺れるな、と。
守道は気合いを入れるように自分の頬を両手で軽く叩いた。
根拠のない不安は、更なる闇を連れてくる。
いつの間にか膨れ上がり、手をつけられないほどに。
それほど、陰陽師の念と言霊は強いのだ。
大丈夫。
きっと、忙しい父や祖父の名代の出張なだけだ。
守道は、自分自身にそう強く言い聞かせる。
そして、ゆっくりと暗くなっていく空を見上げて、小さく息を漏らした。
「……いつもと同じ空…」
そう、いつもと変わらない。
この空も優しく吹きわたる風も、家族もいつも通りだ。
そこには不安や恐れなどなく、優しく穏やかだ。
そう考えると、不思議と心が落ち着いていく。
「……あー、情けない…」
守道は後ろ頭をガリガリと掻きむしりながら、口端に苦笑を浮かべた。
自分は結局、いつもの日常や一流陰陽師である父と祖父の存在に救われている。
そして、情けないと思いつつそれを自然に求め、当たり前だと思っている自分がいるのだ。
それを今、痛切に感じた。
やはり、賀茂の陰陽師たちは守道が思っている以上に偉大だ。
その存在が近くにあるだけで安心感を与える。
今の自分ではそんな父達に、到底敵わない…。