早めの帰宅
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「ただいまー」
時刻は正午前。
温かな太陽の光が積もった雪を眩く照らす賀茂邸に、守道の元気な声が響いた。
逃げる吉平をひたすら追いかけ、陰陽寮から退出してきたのはおよそ一刻ほど前。
絶対に捕まえてやると意気込んでいたものの、完全に逃げられてしまった。
何せ、吉平は逃げ足が早いのだ。
そして、悪知恵も働くからさらにたちが悪い。
都の単純そうで複雑な道をジグザグに全力で逃げ回られた。
それに加え、歩み寄る人を寄せ付けない特殊な人払いの術までも、道の所々に土産と言わんばかりにかけてくれたのだ。
そのせいで自分の現在地がわからなくなり、危うく迷子になりかけた。
十四歳にもなって迷子など、笑い話にもならない。
光栄にそれが知れたら、確実に一生笑い者になるはず。
それだけは、いやだ。
もしかしたら、吉平はそれを計算にいれたうえで、人払いの術をかけたのか。
そうだとすれば、さすがと言うべきか、余計なことをしてくれるなと言うべきか……。
守道は悔しそうに口をへの字に結び、頭に乗せていた烏帽子を取って髷をほどいた。
髪を手で整えながら自室に繋がっている簀子を歩いていると、ふわりと心地よい風が舞い上がる。
その風がほどいた髪をさらさらと靡かせ、守道の柔らかい頬を撫でた。
走り回って汗をかいていた体にはそれが心地よくて、思わず簀子に立ってやんわりと目を閉じる。
「あれ、守道兄様……?」
しばらく目を閉じて風に身を任せていた守道の背後から、幼く愛らしい声がかかる。
不思議そうなその声に振り返ると、優しく庭に吹き渡る風に黒髪を靡かせながら首を傾げる行義がいた。
守道と視線が合うと、行義はにこりと屈託のない少年らしい笑みを浮かべる。
「おかえりなさい。 早かったね、兄様?」
行義は嬉しそうに守道に歩み寄り、守道の腰に抱きつく。
そんな行義を優しい眼差しでみつめ、そっと頭を撫でた。
「ただいま、行義。 今日の講義はもういいから、帰りなさいってじいちゃんに言われたんだよ」
「じい様に?」
行義は守道に抱きついたまま、下から顔を見上げながら小さく首を傾げる。
そして、きょとんとした表情で目をしばたたいている行義に、守道は柔らかな笑みを浮かべて頷いた。




