各部署の博士達 ―参―
「私には、もう決めたことだから……の一点張りだったんですよ」
ふう…と息をつき、光国は頭痛を堪えるかのようにこめかみに手をあてた。
そして、少し顔を下に傾けてしばらく動きを止める。
保憲は誰にも何も言わず、相談もせずに急に甥や安倍兄弟の吉野行きを決めてしまった。
光国にとってはそちらの方が重大で、朝一に保憲と一対一の落ち着いた環境で理由を聞こうと、いつもよりも少し早めに出仕して父を待っていたのだ。
しかし、いざ話してみたら、決めたことだとしか言わない。
しかも、それ以上話すことはないとでも言うように、光国の目の前で書と巻き物に埋もれるように仕事を始めてしまったのだ。
何も聞くな、話すなと背中で語る保憲をしばらくみつめながら、光国は根気よく語ってくれるのを待った。
もしかしたら、保憲が諦めて話してくれるのでは…と密かに思っていたのだが、甘かった。
保憲は意外にも頑固者で、一度こうだと決めたら絶対に諦めないし、折れない。
結局朝一の講義の時刻になっても無言で通され、話しを聞くことは出来なかったのだ。
「……ますますわからなくなった……」
光国の話しをじっと真剣に聞いていた光栄が不意に呟く。
もはや、保憲の意図は掴めず、迷子状態だ。
三人は口を一の字に結び、険しい表情で同時に俯く。
再び部屋に時が止まったかのような沈黙が部屋を包んだ。
そんな中、不意に沈黙を破るよう、おもむろに晴明がその場に立ち上がる。
「晴明?」
立ち上がった晴明を光栄は座ったまま見上げ、名前を呼びながら首を傾げる。
そんな光栄を上から見下げ、晴明はゆっくりと口を開いた。
「ずっと憶測を重ねてああだこうだと言っていても仕方ない。 とりあえず今は、学生達の講義に戻るぞ」
「……そうですね…」
晴明の言葉に賛成するように、光国も立ち上がった。
晴明の言う通りだ。
たとえ憶測をひたすら重ねても、結局は憶測でしかない。
そして今、光栄達は陰陽寮に出仕している。
ずっと学生達を放置して、自分達の思考の渦に埋もれている暇はない。
きっと博士達がやって来るのを学生達は部屋で教本を開いて待っていることだろう。
早く部署に戻って講義を再開しなくては。
「……仕事に戻るか」
小さく息をつきながら乱れていた直衣と烏帽子を整え、光栄もようやく重い腰を上げる。
「あー、どうせなら今日の講義が全て終わったあとにすればよかったな……」
光栄はぶつぶつと気持ちばかりの後悔を呟きながら、晴明と光国と共に埃っぽい部屋をあとにした。




