光栄と晴明
触れた指先から伝わる、微かな体の震え。
それを宥めるように、優しくそっと何度も撫でる。
そうしながら、晴明は保憲に視線を送った。
このまま会話を続けるのは無理だと、そう視線で訴える。
それは保憲も感じているようで、静かに目を閉じて小さく頷いた。
「保憲様、奥の部屋をお借りします」
「あぁ、構わんよ」
落ち着いた声で告げる保憲に、
「ありがとうございます」
と、軽く頭を下げて立ち上がる。
そして、光栄に向き直り、そっと腕を掴んでゆっくりと晴明の方へ引き寄せるように立ち上がらせた。
「光栄、奥の部屋へ移動するぞ」
「…………あぁ」
囁く晴明の声にいつものからかうような荒々しさはなく、穏やかで落ち着いている。
そんな晴明の声に光栄は顔を俯けたまま、ぼそりと今にも消えそうなか細い声で答えた。
こちらもいつもの子供にも負けないほどの明るさはなく、すっかり意気消沈してしまっていた。
「では、失礼しました、保憲様」
「あぁ。 すまんなぁ、晴明……光栄を頼んだぞ」
少し悲しげにも見える笑みで、保憲はゆったりと首を傾げた。
晴明はそれに無言で頷き返し、光栄の腕を掴んだまま引き摺るようにして保憲の部屋を出る。
そして、温かな日の光を浴びている隣の部屋に足を踏み入れた。
そこには机や屏風、円座、脇息が山のように積まれており、まるで倉庫のようになっている。
少し埃っぽく、とても落ち着ける空間ではない。
が、普段は寮官達は出入りしないため、内密な話しはしやすい部屋だ。
「座れ、光栄」
晴明は円座の山から二枚乱暴に引き出し、光栄の前に一枚、その目の前に自分のをまた一枚置く。
光栄が座ったのを見届けた後、晴明もゆっくりと音をたてないように腰を下ろした。
「大丈夫か、光栄?」
抑揚のない、心配している者とは思えないほど冷めた晴明の声が光栄に語りかける。
普通なら落ち込んでいる相手にこんな声で語りかけないだろう。
当たり障りのない、優しく温かい声で慰めようとするはずだ。
晴明がそうしないのは、それを光栄が嫌いだと知っているから。
腫れ物を触るみたいにされるより、いつもの調子で声をかけられたほうが、光栄は落ち着くのだそうだ。
「光栄」
一向に口を開こうとしない光栄を晴明は再び呼ぶ。
一度目とは違う、今度は本当に心から心配する声音で。
いつもならば、今日のように深く心配したりしない。
というのも、光栄が落ち込むことはほとんどないのだ。
しかし、その光栄が顔を下に向けて、背中を猫のように丸めて一言も話さない。
あまりの光栄の落ち込みように、さすがの晴明も心配せずにはいられないのだ。
「後悔しているのか、光栄?」
晴明は不意に呟いた。
「………してるとも、してないとも言えない」
しばらく間を置き、かなり曖昧な答えを、光栄は俯いたまま小さな声で呟いた。




