重鎮達の密議 ―参―
「吉野行きの本当の理由を、あいつらには話さないつもりですか?」
保憲の見えない本心を探るように、晴明はそう問いかける。
実のところ、今回の吉野行きは守道達と同様に、光栄も晴明も昨日まで知らなかった。
昨日の講義が全て終了し、軽く雑事をこなしている時に保憲に呼ばれて、初めてこの話しを聞いた。
しかし、守道達と違うところは、光栄も晴明も吉野行きの本来の狙いを保憲が言わずとも知っているし、わかっているところだ。
「無知なことがどれだけ危険か、保憲様ならばおわかりのはずです」
全てを知るのもある意味危険だ。
知ってしまったがために、迷いや恐れが生まれてしまうこともある。
しかし、無知なのはさらに恐ろしい。
与えられた事柄にたいしての危険と安全の境目を知らないのだ。
それを知らなければ、安全の境目を越え、危険に足を踏み入れたことすら気づかない。
途中で気づければいい。
しかし、危険な境目を越えたことすらわからない者に、気づけと言うのは無理にもほどがあるだろう。
それはもう、放った矢をどこかに刺さる前に素手で掴めと言っているも同然なのだ。
「ことが起こった後では、もうすでに遅いんですよ」
晴明は保憲に必死に訴える。
その晴明の後押しをするように、ずっとそっぽ向いていた光栄もじっと保憲を無言で見つめていた。
「確かに、私や光栄は今は動けません。 といって、守道達をいかせるのを拒否するのも得策でないことはわかっています」
そう、二人も頭では十分にわかっているのだ。
吉野を遠ざければ遠ざけるほど、足踏みを繰り返す。
そして、ずっと傍らにある危険を放置することになるのだ。
時には、保憲のように思い切りも必要なもの。
しかし、それでも光栄や晴明の本心としてはやはり、危険なことはさせたくない。
陰陽師としての当たり前な在り方よりも遥かに、子を想う親心の方が強いのだ。
「守道はまだ、全てを背負うには幼すぎるのに……っ!」
溢れそうになる嗚咽を堪えるように口を手で押さえ、全ての感情を吐き捨てるように叫んだのは光栄だった。
この吉野行きで、一番危険に晒されることになるのは間違いなく守道だ。
きっと、共に行く吉平や吉昌はただの目障りなお付きにしか認識されないだろう。
もし、何かの拍子に守道と安倍兄弟が離れてしまった時、守るものが何もない。
未熟者な知識や術しか持たない守道には、あまりにも危険が大きすぎる。
「守道………っ」
光栄は、苦しげな声で大切な息子の名前を呼ぶ。
自分が不甲斐ないせいで、危険を押しつけてしまった。
本来ならば、子を守るべき存在のはずの親である光栄が。
「……光栄……」
まるで追い詰められた幼子のように体を小さく丸め、肩を震わせている光栄を、晴明は小さな声で名前を呼ぶ。
そして、震える光栄の肩に恐る恐る手を伸ばした。




