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賀茂陰陽伝  作者: 東雲しはる
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重鎮達の密議 ―弐―

「明日あの子達が向かう吉野の奥地は、我が賀茂家因縁の地。 ましてや……光栄、お前には忘れられぬ地であろう……」

「………っ」


保憲のその言葉に、光栄の肩が不意に跳ねた。

頬を乗せている手も、じっとよく観察しなければわからない程度にだが、微かに震えている。

それは、光栄が滅多に見せない、弱い部分。

すなわち、恐れだ。


「あの時の傷も癒えぬまま抱え込んでいるお前を、今あの地に送ることは出来んのだよ」


耳にさらに響いてくる保憲の優しい声と言葉。

光栄はギュッと強く目を閉じて、口を一の字に結んだ。

保憲の声が届かないように、今すぐにでも耳を塞ぎたい。

しかし、それはあまりにも行動が幼稚すぎる。

ここが自邸であったなら、迷わずそうしただろう。

家族にそんな姿を見られたとしても、

「ああ、またか」

と、いつもの光栄の癖だと呆れ笑いながらもそれで片付けられてしまう。

しかし、今いるここは沢山の者達が集まる陰陽寮。

万一、寮官に見られたら暦部の暦博士を任される者として示しがつかない。

溢れ出す衝動を堪え、光栄は歯が砕けてしまいそうなほど強く噛み締めた。

そうでもしていないと、自分自身を保てそうにもなかったから。


「今のお前には無理だ。 たとえ晴明がお前に付き添ってくれたとしても、絶対に」


頼むからわかっておくれ、そんな保憲の精一杯の親心が込められた優しい言葉のはずだった。

しかし、光栄にはさらに深く傷を抉る鋭い刃のように心に突き刺さってくる。

わかっている。

保憲の言う通りだ。

今の自分が吉野へ行っても何も出来ない。

一歩も前へは進めないだろう。

悔しい。

都で、この陰陽寮の寮官達に凄腕の陰陽師と謳われているこの賀茂光栄が足踏みを余儀なくされている事実が、堪らなく悔しい。


「あの子達は、その因縁は知らん……。 だからこそ、何にも縛られず自由に行動出来る」


保憲は静かにゆっくりと瞼を下ろしながら光栄に呟く。

本当は、待つつもりだった。

光栄の心に残っている深い傷が癒えるまで。

しかし、もう待ってやれるほど悠長にしていられない。

それは、光栄とてわかっているはずだ。


「……保憲様、お言葉を返すようで申し訳ありませんが……」


今まで親子の会話をじっと静かに見守っていた晴明が、恐る恐る口を開く。

そして、まるで守るようにすっと手を光栄の前に伸ばし、一歩前へ体を動かす。

晴明はその体勢のまま、動くことも話すことも出来ずにいる光栄を、静かに一歩後ろへ下がらせた。

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