陰陽寮の重鎮達
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「親父、いるか?」
守道達が出て行った後の、しんと静まり返る保憲の仕事部屋。
そこに、烏帽子を被り、紫の直衣を身に纏う光栄が顔をひょっこりと覗かせる。
部屋の中心で沢山の書に埋もれている保憲は、持っていた書を捲る手を止めて緩慢に背後を振り返った。
「光栄か……どうした?」
不思議そうに首を傾げて目をしばたたく保憲を、光栄はじっと真剣な眼差してみつめた。
しばらくそうしていると、光栄の背後から長い影が伸びてくる。
光栄はハッとして振り返った。
「何を突っ立っているんだ、光栄」
振り返った先にいるのは、烏帽子に入りきらずに零れ落ちている藍の前髪に、同色の鋭い眼光を放つ瞳。
女に負けないほど色白でなめらかな肌をした体には、光栄と同じく紫の直衣を纏う、五十二歳の安倍晴明だった。
まるで邪魔だとでも言うような声に、光栄はむっと口を尖らせる。
「なんだ、お前もいたのか晴明」
「なんだとはとんだ言い草だな、光栄」
失礼ともとれる言葉を放った光栄に晴明は整った眉を吊り上げ、口を怒りに歪ませた。
晴明は吉平と吉昌兄弟の実父で、光栄や保憲のように陰陽寮では天文部の天文博士を賜る重鎮だ。
同じように出仕しているのだから、寮内を歩いていれば自然と鉢合わせる。
それに、講義の合間の休み時間には光栄も晴明も保憲のいるこの部屋に足を運ぶ。
一日一度も顔を会わせないというのは皆無だ。
「光栄、晴明……そんな子供みたいな言い合いをするでないよ」
互いに顔をじっと睨み合い、無言で火花を散らす光栄と晴明に保憲は呆れたように息をつきながらそう告げた。
二人は一応、互いに唯一無二の友と公言している。
しかし、常に喧嘩が絶えないため、それが果たして正しいのか保憲には悩ましい部分だ。
「……まあ、喧嘩するほど仲が良いとも言うからなぁ……」
保憲は手に持っていた書を脇に積み上げていた書の山にさらに積み上げ、苦笑混じりにそう呟いた。
ああだこうだと言い合いながらも、結局は喧嘩別れもせず今までずっといるのだ。
これが二人には、当たり前の日常だろう。
「光栄、私に話しがあるのかと思っていたのだが……違うのか?」
「あぁ、そうだった。 危うく忘れるとこだったな」
ずっと部屋の前で晴明と睨み合ったままの光栄に、保憲がそう聞く。
すると、ここに来た当初の目的を思い出したのだろう、光栄はようやく我に返り、保憲を振り返った。
そして、保憲の前に置かれている円座にいそいそと歩み寄り、ゆっくりと腰を下ろす。
その隣に、晴明も並んで座った。




