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賀茂陰陽伝  作者: 東雲しはる
2/85

陰陽頭の命令


―――――

――――――――――


守道(もりみち)、ちょっと吉野に行ってこい」


雪のちらつく師走の夕暮れ。

左京の中の、藁葺き屋根に木材で組み立てられた、寝殿造りの賀茂邸。

小さな溜め池や植木で装飾された、豪華な庭園が見渡せる一室での出来事。

その言葉は突然だった。


「ごめん、父さん。 もう一度言って」


淡い黄土色の柔らかそうでくせのある髪に、同色の大きい瞳。

薄い緑色の単に、黄色の狩衣を身に纏う、少し小柄な十四歳の少年・賀茂守道は、思わず口をあんぐりと開いて頻りに瞬きながら聞き返した。


「だから、吉野に行ってこいって言ってんだ」


守道と同じ色の肩まで届くくせのある髪に同色の瞳、青色の単と濃い紫色の狩衣を身に纏う、三十五歳の賀茂光栄。

光栄は、聞き返す守道に呆れたような表情で言葉を返した。


「ちょ、ちょっと待ってよ父さん!」


それを見た守道は床に両手をつき、体を乗り出して光栄を下から見上げる。

あまりにも突然過ぎて、よく理解出来ない。

守道は困惑気味に首を傾げた。


「何で吉野? ていうか、今からじゃないよな?」

「今からじゃないから安心しろ。 一応、明後日からだ」

「明後日!?」


光栄は、屈託のない満面の笑みで清々しく告げた。

そんな光栄に、守道は思わず全力で叫ぶ。

そんな、急に言われても困る。

何せ、守道は中務省(なかつかさしょう)に属する陰陽寮の、(れき)生。

学生は、陰陽寮の四部署の各博士達が毎日行う講義を受けなくてはならない。

勿論、光栄も暦博士として講義を受け持っていて、守道はその講義を欠かさず受けていた。

毎日、密かに楽しみにしていたのに…。


「そんなに熱り立つなよ、守道」

「だってさ…」


守道は、拗ねたように頬を膨らませて呟きながら、元の位置に戻って姿勢を正す。

そんな守道を一瞥し、光栄は懐から白い紙に包まれた文を差し出した。


「詳しい事は、陰陽寮で親父が言うそうだ」

「じぃちゃんが…?」


差し出された文を受け取りながら首を傾げる。

守道の祖父・賀茂保憲は、陰陽頭として陰陽寮を支える重鎮だ。


「この文は俺に?」

「あぁ、親父からお前にだ」


聞き返す守道に、光栄は大きく頷く。

そんな光栄を横目で見ながら、守道は文を開いた。


『以下の者に吉野行きを命ず。

暦生・賀茂守道

陰陽生・安倍吉平

天文生・安倍吉昌

詳しい事は明日、陰陽寮にて』


書いてあるのは、たったそれだけ。

しかし、守道はその内容を食い入るように見る。

この流麗で達筆な文字は、間違いなく保憲のもの。


「じぃちゃんが直々に勅命を…?」


珍しい。

祖父自ら文をしたためて勅命を下すとは。


「守道」


手に握った文を必死に何度も読み返す守道の肩に、光栄の大きな手が添えられた。


「選択の余地はないぞ、陰陽頭の命令だからな」

「そんなぁ…」


光栄はニヤリとからかうように笑い、守道を見た。

守道は文を握りしめ、しょんぼりと項垂れる。

陰陽頭の命令なら、断る事は出来ない。

これは、本気で吉野へ行くしかなさそうだ。


「…遠い…。 遠いよ、吉野…」

「頑張れ、守道。 俺は、ここでのんびり寛ぎながら応援してるからな」


光栄は力なく呟く守道の背中を軽く叩きながら、にこやかな表情で清々しく言ってみせた。




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