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賀茂陰陽伝  作者: 東雲しはる
19/85

さぼり常習犯な吉平

「道中、気をつけて帰りなさい」

「はーい……」


とぼとぼと部屋を去る守道とその後ろを追う安倍兄弟に、保憲はそう優しく言った。

そんな保憲を振り返ることもなく、守道は心ここにあらずな声で返す。

こんな態度、彼の偉大さを知る寮官達は絶対にしない。

家族であり、気心がしれているからこそ可能な態度だ。

しかし、後ろを歩く安倍兄弟はさすがに守道のような無礼な態度はとれない。

そのため、二人は同時に保憲を振り返り、呼吸を合わせながら頭を下げた。


「「お先に失礼します」」


頭を下げた後の言葉も、見事に重なった。

さすがは兄弟。

いつもは喧嘩ばかりで結託というものに欠ける二人だが、こういう大事な場面では息ぴったりだ。

それを微笑ましくみつめながら、保憲はそっと手を持ち上げてひらひらと振ってみせる。

保憲に見送られながら部屋を出た吉平は、背中を丸めてだらしなく歩く守道の肩を軽く叩いた。


「元気出しなよ、守道。 吉野から帰ってきたら、思う存分講義に参加すればいいじゃない」

「そうですよ。 何も、ずっと講義を受けられないわけではないのですから」

「吉平……吉昌……」


守道は思わず温かな太陽の光を浴びている簀子に立ち止まり、二人を緩慢に振り返った。

珍しく、兄弟仲良く守道を必死に慰めてくれている。

それが何故か嬉しくて、歓喜に胸が熱くなる。

思わぬ優しい言葉にじわりと目尻に滲んだ涙を手で拭った。

しかし、その瞬間。


「守道も物好きだよねぇ、退屈でしかない講義が好きなんて……。 僕なんて、どうさぼろうかと常に考えてるのに」

「………は?」


思わず聞こえてきた吉平の言葉に、守道は唖然とした表情で目を頻りにしばたたく。

こいつ、もしかして遅刻が多いのはそれが理由なのか。

いや、でも確かに吉平の言う通りかもしれない。

毎日行われている講義は全て、幼い頃からすでに会得済みの知識ばかりだ。

しかし、だからこそ講義を受ける必要があるのではないか。


「復習だろ復習。 今まで学んできたことに抜け落ちはないか確認する良い機会だろ」

「そうですよ、兄上。 私達は安賀の一流陰陽師達とは違って、まだまだ未熟者。 もっと知識を深めるためにも、必要なんです」


守道の言葉に、吉昌がすかさず同意してくれる。

さすが、真面目で品行方正な弟・吉昌。

兄の吉平と考えは真逆のようだ。

そんな弟と守道を交互に見比べて、袖で口元を覆いながら悲しそうに眉尻を下げ、緩慢に首を傾げた。


「……二人が真面目すぎて辛いよ、僕…」

「「お前が不真面目すぎて辛いのはこっちだ!」」


聞こえてきた吉平の言葉に、守道と吉昌の声が見事に重なった。

しかし、吉昌が少しばかり乱暴な口調であるのは、あえて気にしない。

気にしたら負けだ。

そう内心で言い聞かせる。

その時、突然に吉平がひらりと直衣の裾を翻した。


「じゃあ、僕は先に帰るよ」


そう告げ、吉平は一枚の羽が舞うようにその場から音もなく優雅に少しずつ離れていく。


「あ…こら、逃げるな吉平!」

「まだ兄上には言いたいことが山ほどあるんですよ、待ちなさい!」


どんどんと離れていく吉平を、守道と吉昌は慌てて追いかける。

そんな二人に捕まらないよう、吉平はさらに速度を上げて走り出す。


「捕まえられるものなら、捕まえてごらん」


そんな挑発まで満面の笑みでしてくれる。

それが気に触れた守道はキッと眉を吊り上げ、牙をむく。


「待て、吉平! 絶対捕まえてやる!!」


守道はそう叫び、全力で走り出す。

しっかりと怒りを煽ってくれた吉平を絶対許さない。

そう思いながら、守道はさらに怒りで顔を歪ませる。

しかし、本当はそうして吉平に弄ばれているのだと気づくのは、彼を捕まえられず完全に見失った朱雀大路のど真ん中だった…。



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