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賀茂陰陽伝  作者: 東雲しはる
18/85

突然の吉野行きの理由 ―参―

「謙遜するでないよ、お前達」


沈黙した重い空気を振り払うように、保憲が静かな声で言う。

そして、保憲は守道達の顔を一人一人じっくりと眺めた。


「確かに、お前達は陰陽寮に通い始めてたかが数年。 だが、物心ついた頃からずっと私や光栄、晴明が教えてきただろう」


自分達を下に下にと見せる発言をする子供達に、保憲はさらに叱りつけるような鋭い声を放つ。

その声で、吉平と吉昌もさすがに何も言えなくなり、開いていた口を静かに閉ざした。


「年齢に等しい数だけ学んでいるお前達は陰陽寮の同じ年代……いや、一回り上の年代の寮官にも勝る。 それに、奴らにはない天賦の才があるだろう」


そうだ。

守道達はずっと優秀な賀茂と安倍の陰陽師達に直接学んできた。

同じ陰陽師を目指す者達にとって、保憲をはじめとする彼らは雲の上の存在。

普段は陰陽寮でしか会えず、沢山の学生達と共に講義という限られた時間の中でしか彼らからは学べない。

しかし、守道達は違う。

彼らは一番身近な存在、家族だ。

一対一、膝と膝を突き合わせ、一冊の書を共に囲うことが出来るほど近くで、時間など気にせず学びたい時に好きなだけ彼らから学べるのだ。

その環境で育った守道達が、一介のというには無理がある。

というよりも、陰陽寮の学生達にとってその言葉は、侮辱に等しい発言だろう。

それほど、陰陽師として恵まれた家庭環境で育っているのだ。


「浅はかな発言、申し訳ありません保憲様……」


静かな声でそう告げ、深々と吉平が頭を下げる。

その後に続き、吉昌と守道が音もなくただ静かに頭を下げた。

保憲は守道達の立場と同じ寮官達の立場とを考慮した上で、あえて厳しいことを言ったのだ。

謝る以外に何が出来ようか。


「……わかったなら、よろしい」


一間置いて、ようやく保憲が呟いた。

それはいつもの優しく温かい、保憲の守道達を見守るような声だった。

ハッとして守道が顔を上げると、声と同じく温かな笑みを浮かべた保憲の視線が重なった。

保憲は笑みを浮かべたまま小さく首を傾げ、懐から取り出した扇をひらひらと優雅にあおぐ。


「今日一日の講義は免除する。 明日に備えるため、今日はもう邸に帰りなさい」

「え? でも……」


祖父の優しい言葉に、守道は思わず戸惑ってしまう。

何故なら、守道は講義を受ける気満々だったのだ。


「いいから帰りなさい。 旅支度も、まだすませていないのだろう?」

「……う゛………はい…」


返す言葉もない。

突然だったため、旅支度など欠片もしていない。

それは吉平と吉昌とて同じだろう。

それを保憲はしっかりと見抜いていたのだ。


「ふふ……一本取られたねぇ、守道」

「悪かったな」


くすくすと楽しそうに隣で笑う吉平に、守道はぷくりと頬を膨らませる。

そして、守道はすっと音もなくその場に立ち上がった。


「残念だけど……帰るよ、じぃちゃん」

「あぁ、そうしなさい」


見ている側がいたたまれないほど残念そうに落ち込む守道に、保憲は笑みを見せたまま頷いた。

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