突然の吉野行きの理由 ―壱―
「急なことで驚いただろう? それを思うと、申し訳なくてなぁ……」
「いえ、そのようなお言葉、私達には勿体ないです」
我がことのように心を痛める保憲に、吉昌が一瞬の間も空けることなく真面目に答えた。
しかし、そんな吉昌の隣で吉平はニコニコと、いつもと変わらない満面の笑みを浮かべている。
この兄弟の反応の差があまりにも激しすぎる。
ここまで歴然とした反応の差を見せる兄弟はこの二人以外にはあまり見かけないだろう。
とくに吉平は笑ってはいるが、実際内心では何を考えているのか全くわからない。
だが、そんな兄弟の反応の差を楽しむかのように、保憲は柔らかな色を浮かべている目をすっと笑みに細めた。
「ふふ……吉平も吉昌も、ちゃんと立派に晴明の息子だなぁ……」
少しだけ実感のこもった声音が目の前にいる守道達の耳に優しく響く。
それもそのはず。
安倍晴明は賀茂保憲を師匠とし、様々なことを教わった。
陰陽道は勿論、日頃の生活も、不慣れだった二人の息子の子育ても同様に教えているのだ。
晴明は保憲にとって弟子でもあり、血の繋がらない家族のような存在でもある。
吉平と吉昌は守道同様、孫のように接してきた。
なので、もしかしたら、親である晴明よりも遥かに吉平や吉昌をその優しい目で見つめてきたかもしれない。
「さて、お喋りはここまでにして……。 早速、本題に入るぞ」
不意に呟いた保憲の言葉に、鋭さが混じる。
その言葉に、守道達は緩んでいた表情をキュッと引き締めた。
「守道は光栄に、吉平と吉昌は晴明に聞いているだろうが……改めて言おう。 お前達に、吉野行きを命ず」
年を重ねた保憲のものとは思えないほど凛と透き通った声が狭い部屋に響いた。
『仰せのままに』
保憲の言葉に守道達は大きく頷き、同時に呼吸を合わせてそう返事をする。
息ぴったりなその返事に保憲は満足げに頷き返し、やんわりと緩やかに口をさらに開いた。
「吉野の山奥に、今はもう人の住まぬ寂れた集落跡がある」
「人が、住まない……?」
守道は保憲の言葉に思わずそう聞き返してしまった。
かなり嫌な予感がする。
人が住まないという一言で、すでに厄介な出張だと言ってしまっているようなものだ。
住まないということは、そこで暮らせなくなった何かがあった、起こったということ。
または、住人が突如消えたかのどちらかだろう。
後者であるならば、高確率で妖や怨霊が関わる〝神隠し″だ。
そうなるとかなり厄介で、守道達には少々手に余る。
前者も厄介ではあるが、住まないというだけで住人達はちゃんと生きていて、存在している。
人の存在が消え、行方を探しながら神隠しに関与した妖や怨霊をも探さなくてはならない方よりも遥かにましだ。できれば、後者でなく前者であってほしい。
切実にそう思う。