不穏な気配
「では、私達も行きましょう」
「あ、うん。 …ほら、吉平も行くぞ」
先に歩き出した吉昌を慌てて追いかけながら、吉平を振り返る。
しかし、吉平の視線はいつの間にか大内裏の方にない。
そちらとは逆の朱雀大路に向けられていた。
「………吉平?」
どうしたのだろう。
恐る恐る問いかけてみるが、反応がない。
もしかして、妖や物の怪がいるのか。
そう思い周囲をぐるりと見回すが、何もない。
「吉平!」
「ん? あぁ……ごめんね、何だい?」
強く鋭い声で名前を呼ぶと、吉平はいつもの笑みを守道に向けた。
「何かあったのか?」
「いや……ちょっと、ね」
笑みを見せていた吉平の目が、一瞬鋭いものを孕んだ。
しかし、それ以上見せることなく、吉平は先を行く吉昌を追いかける。
「……吉平…?」
明らかに、いつもと違う。
守道は吉平の背中を見つめながら、再び視線を朱雀大路へ戻した。
いつもと変わらない、人々が行き交う賑やかな風景。
一体、何があったのだろうか。
「守道、早くおいで」
じっと朱雀大路の風景を見つめていた守道を、吉平が呼んだ。
「あぁ…うん、すぐ行く!」
守道は後ろ髪引かれるようにチラチラと振り返りながら、先を行く吉平達を追いかける。
そして、吉平達に追い付いた守道は、大内裏の庭を共に歩き出した。
「…………」
しかし、吉平は守道や吉昌に気づかれないように、そっと一歩足を後ろへ下げた。
そして、無言で再び背後にある朱雀門と、その先の朱雀大路を見つめる。
その目には、いつもの飄々とした笑みなどない。
本当に十四歳の少年かと疑ってしまうほどの鋭い眼光をみせていた。
「…………いつもの、あの気配か…」
低く鋭い声で吉平は呟いた。
幼き頃よりずっとあった、重苦しい気配がすぐ近くにある。
しかし、それは一定の場所から動かず、ずっと自分達を見つめいるだけだ。
どうやら、手を出すつもりはないらしい。
「……気に食わないな……」
気配がこれ以上動かないと確信した吉平は直衣の裾を翻し、再び歩き出す。
そして、深く息を吸い、小さく口を開いた。
「……守道に手を出してみろ……。 その時は、お前を絶対に許さない……」
誰にも聞き取れないほど小さく呟かれたその言葉は、不意に吹いた風に紛れて消えた。