光栄の弟・光国
しかし、このままでは少々居た堪れない。
どうしようか。
そう考え、首を捻った時だった。
「あぁ…よかった守道…それに吉平もいたね」
門から聞こえてきた、柔らかく優しい少し高めの男性の声。
そちらへ視線を流すと、守道達と同じ装いの、若い男がいた。
「いつまでも出仕して来ないから、皆で心配していたんだよ」
声と同じく黒の前髪から覗く同色の目を優しげに細めたのは、光栄の二歳年下の弟・賀茂光国。
彼も兄の光栄と同じく陰陽博士という役職を賜る重鎮の一人だ。
「光国おじさん…遅刻してごめんなさい…」
「僕も、すみませんでした光国様」
頭を下げたまま申し訳なさそうに俯いている守道と吉平に、光国は柔らかな笑みを見せる。
そして、二人の頬に手を伸ばし、優しく撫でた。
「二人は強い見鬼を持っているから、道中何かに巻き込まれたのかと思ってたんだ。 でも、無事で安心したよ」
見鬼は、ただ見えるだけではない。
様々な妖や怨霊、怪奇を引き寄せるのだ。
見鬼が強ければ強いほど、引き寄せられるものも多くなる。
自分達の存在を見つけられる見鬼の者は、彼らには恐ろしいのだ。
陰陽師であるならなおのこと。
彼らを祓い、調伏する術を必ず持っているのだから。
「ほら、顔を上げて」
光国の優しい声に促され、守道と吉平は同時に顔を上げる。
すると、いつもと変わらない優しい笑みを浮かべている光国と視線が重なった。
「陰陽頭がお待ちだ。 吉昌も一緒に行っておいで」
光国はそう告げて、吉昌へ視線を送る。
その視線に気がついた吉昌は、大きく頷いてみせた。
「わかりました。 責任を持って、確実に陰陽頭の下へ向かいます」
「任せたよ、吉昌」
光国は優しい笑みを浮かべたまま、潔く宣言した吉昌の背中を叩いた。
本当は何かある度に頭を撫でるのが光国の癖。
だが、今は烏帽子が邪魔をしているために、それもままならない。
代わりに、別の箇所に手を伸ばすのだ。
「じゃあ、私は仕事があるから先に戻るよ」
「うん。 わざわざ心配して見に来てくれてありがとう、光国おじさん!」
そそくさと陰陽寮の方へ先に戻り始めた光国に、守道はそう感謝を告げる。
その声に歩きながらも顔をこちらへ向け、光国は笑みを浮かべて手をひらひらと振ってみせた。