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死神僕 4

 「遅くなってごめんなさい! ちょっと準備に手間取ってしまって。じゃあ、早速行きましょうか?」

 美少女はそそくさと教室の外へ出ていってしまった。感動に浸る間もないのね……。俺はバックをひっつかみ、急ぎ彼女の後を追った。


 美少女は校門を抜け、駅とは逆方向に速足で歩く。

 「どこ、向かってるの?」

 「お腹、すきませんか?」

 確かに。今日、俺が口にしたのは、昼休みに買った菓子パンだけ。極度の緊張で忘れていたけれど、かなり空腹だった。

 「うん。腹減ってる」

 「カレーはお好きですか?」

 ……カレーか。カレーを嫌いな奴はいないって風潮はどこから来たんだろう。親戚の家に行ってもカレー。友達の家に行ってもカレー。みんな、なぜにこんなにもカレーを食わせようとするのか、幼いころから不思議で仕方なかった。別に、嫌いじゃないけどさー。正直、大好物ってほどでもないんだけどなー。でも、まあここはとりあえず。

 「好き、大好き」

 「よかった!」

 美少女は両の手をぱちりと合わせてにっこりと笑う。うはぁ、可愛いなあ、幸せ!

 俺たちはしばらく住宅街を歩いた。こっちの方は店やなんかがあまりない地域だから、普段ならまず足を運ばない。今も、この道を彩高の制服で歩いているのは、俺達だけだった。せっかくだから見せつけてやりたかったのになー。


 「じゃっじゃあーん!!! ここです! ここ! ここ!」

 美少女がオーバーなアクションで紹介したのは、レトロな雰囲気のある喫茶店だった。

 重厚な木製の看板には『店琲珈川途三』と太い書体で書かれている。三途川珈琲店、か。みずがわ? さんずがわ? って読むのか? なんだか縁起でもない名前だな……。

 「ここのカレーは、頬っぺたが落ちそうなるくらい美味しいのですよー! 飴色玉ネギと、すりおろした人参と林檎の甘みが、スパイシーなル―の口当たりを円やかにしてくれてですね、厳選されたA4ランク以上の国産牛ロース肉が、ルーと絡み合って深いコクと旨味を与えていて……」

 よくわからないが、美少女がハイテンションで解説してくれた感じでは、どうやらかなり本格的なカレーようだった。……金、足りるだろうか? 昼間に引き続き、再び失態をさらすことだけは避けたいところだ。

 俺の不安そうな顔で察したのか、美少女は人差し指をちっちっちっと振りながら言った。

 「大丈夫です! 今日はおごっちゃいますよ!」

 「は!? いや、いや、いや!!! そんな訳には……」

 「いいんです! だって今日は記念すべき、就業説明会兼レクリエーション、ですし?」

 「は?」

 今、なんて言った?

 「ささっ、どうぞどうぞ」

 むむむ、なんか怪しい雲行きになってきてないか?

 俺の脳裏に一瞬、「美人局」という言葉が浮かんだが、強引に自分を誤魔化しつつ、入店した。

 

 「うわ、すげえ……」自然に言葉が漏れた。

 店内は外観以上に趣きがある作りになっていた。

 西洋文化圏にある山小屋(金持ち仕様)とでも言えば、分かりやすいだろうか。

 年季の入った木材の梁が張り巡らされた、高さのある天井にはシーリングファンが設置されていて、それが涼しげにくるくると回っている。

 床板の小気味よい音を立てて店内を進むと、白い漆喰の壁に『ハンプティダンプティ』をモチーフにした絵が何枚か飾られていた。

 マホガニーのカウンターには、化学実験を思わせるガラス製のコーヒー器具が、いくつも置かれていた。どれも今しがた買ってきたばかりみたいに、ピカピカに磨かれている。

 なんだか魔法でもかけられて、異世界に来てしまったみたいだ。窓の外に見える住宅街とのギャップがすごく不思議な感じがする。


 「さささ、どうぞどうぞー!」

 美少女が案内してくれた席は、店の奥まったところにあった。窓から少し離れていることへの配慮なのか、外はまだ明るいというのにボヘミアンガラスのランプが灯されていた。柔らかい、カラフルな光が辺りを包みこむ。

 ほどなくして、美少女一押しのカレーが超大盛りで提供された。持ってきてくれたのはこの店の店主だろう。60代くらいの、かなり大柄でがっちりした男性だ。「昔、外人部隊にいたんだよ」なんて言われたら誰でも納得するだろう。


 「う……うっ、旨い!!!!!」

 たった一匙、口にしただけで、俺のカレー観が崩壊した。

 分厚くカットされた牛肉から、ジュワッと染み出る肉汁。甘くてこっくりとしたルーだが、まったくしつこさがない。スパイスが絶妙に効いていて、後味がさわやかにしている。ああ、もう、止められない、止まらない! 

 「でしょ、でしょ! たーんとおあがりくださいな♪」

 美少女に言われるまでもなく、俺は夢中になって食べた。山盛りのライスと大きなソースポットから溢れんばかりのルーは、またたく間に俺の胃の中に収まった。

 

 食後のアイスコーヒーも格別だった。コーヒーもそんなに美味しいと感じたことはなかったが、これからはちょくちょく飲んでもいいかもしれない。あのガラスの器具も渋くてちょっとカッコいいしな。

 「ご満足、いただけました?」と、美少女。

 「うん、もう、腹いっぱいだよ。ほんっと美味しかったし。なんてお礼言ったらいいか」

 「いいんですよ。では、そろそろ、本題にはいりましょうか」


 美少女が「マスター」と鋭く叫び、パチンッと指を鳴らした。

 店の奥にいたマスターは、忍者のような速さで飛び出てきたかと思うと、手慣れた手つきで出入り口を施錠し、俺の背後に立った。

 

 突然のことに唖然とする俺の目の前に、美少女はプリントされた資料をバサリと置いた。

 「これから、死神僕(シニガミシモベ)の就業説明会を始めます」

 「美人局」という言葉が、再び、俺の脳裏に浮かんだ。

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