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死神僕 2

 肩までの柔らかそうな髪が、彼女の動きに合わせてふわりと揺れた。触れてみたい、という衝動を必死に抑える。

 「あのー」

 小さな顔が覗き込んできた。胡桃(クルミ)みたいなつぶらな瞳、形のよい鼻梁、澄んだ朱色が印象的な唇。一つ一つ完璧に形成されたパーツが、完璧な輪郭に気持ち良く収まっている。

 白い半袖の開襟シャツにうっすらと浮かぶ線と、ふんわりとした両の膨らみ。華奢な身体を強調するような細いウエスト。紺色のスカートからまっすぐに伸びる引き締まった足……。素晴らしい!!!!!

 

 おっと。いけない。

 これ以上凝視し続けたら、確実に変質者だと思われるな。しかし俺の両目の操作権は俺にないらしい。目が釘付けになる、とはよく言ったものだと思う。

 ……恋……かもしれない。


 「あの! お待ちみたいですよー!?」

 「ふぅあ! は、はい!」

 美少女が俺の耳元で大声で出してくれたおかげで、ようやく我に返ることが出来た。やばいな、俺、変な顔してなかったか? 気まずい空気に耐えながら、もそもそとお礼を言い、ぎこちない動きで財布を受け取った。

 正直、パンなんかどうでもよくなっていたが、眉根を寄せて俺の支払いを待っている購買のおばちゃんを前に、いまさらいらないとは言えない。財布から小銭を取り出し、おばちゃんに手渡した。


 俺に財布を渡して用が済んだであろう美少女だが、嬉しいことに俺の横に居続けてくれていた。俺が買ったばかりのパンを覗き込み、不満そうにムゥと唸っている。

 「ジャムパンですかー。美味しいですけれど、育ち盛りの男子高校生のお食事としてはよろしくないです。ちゃんとたんぱく質とかビタミンとか取らないと、身体持ちませんよ?」

 上目づかいの美少女と目が合う。なんて綺麗な目なんだ……息が止まりそう。

 「お、俺もそう思うけど、まともなのは売り切れていてさ。ほら、こんな時間だから」

 彼女はふぅーんと頷いたが、まだ納得いかない様子である。

 「どこでお食事されるのですか?」

 「ええと、あんまり時間ないし、教室でいいかなって」

 「そうですか、では参りましょうか」

 なぜか美少女は、教室へ向かう俺の後ろを、当然のようについてくる。まあ、嬉しいけれどさ。

 「いつもお弁当をご用意されないので?」

 「俺んち共働きだし、自分で作るのも、ほら、面倒だし」

 「そうなんですかー。……ハッ!」

 美少女は何か閃いたらしい。大きな目をさらに大きくして、胸の前で小さな両手をパチリと合わせた。

 「明日から私が作ります!」

 ええっ! マジで嬉しいけど! なんで!?

 「い、いやあ……それは、ちょっと、いや、かなり悪いし……」

 「ああ! 何を作ろうかしら! お好きなものはありますか? 和食派? それとも洋食派? 中華? あ、お弁当にサンドイッチって有りだと思います?」

 どうやら自分の案に夢中になってしまったらしく、俺の声など耳に入っていないようだ。

 「シモベの健康は私の責任ですもの! がんばります!」

 なぜ、会ったばかりの人間の栄養管理の責任をとろうとするのか。――あれ……今、下部って言った?


 俺の名前を知っているということは、知り合い……なのか? 俺は全力で脳内データを検索してみたが、頭のどこを引っ掻き回しても彼女の記憶は、ない。

 やっぱり知らないよなぁ。大体こんなに可愛い子、一度でも会ってたら忘れるわけがないし。実際、さっきのときめきは一生忘れないし。

 思い切って本人に聞いてみようかしらん。でも知り合いだと思って親しげに話しかけてきてくれているのに、どなたでしたっけとか言っちゃったら、そりゃ傷つくよなあ。きっと二度とお話してもらえないな。恋のフラグもポッキリ折れちゃうんだろうな。でも、俺が彼女を知らないってことは、いつかはバレるだろうし。いや、どうせお付き合い出来ないなら、今のこの幸せな時間を少しでも長く味わっといたほうが……。

 ウジウジグズグズと迷っているうちに、教室の前に到着してしまった。ああ、どうしたものか。

 到着してもなお躊躇していると、突然、美少女はくるりと踵を返した。

 「では、放課後にまたお会いしましょうね!」

 「へ? 放課後? ちょっ……、あの、名、お名……」

 「教室でー! 待っていてくださいねー!」

 廊下に美少女の涼やかな声が響く。ックゥゥゥ! 声も可愛いんだなああああ!!!


 取り残された俺は、美少女の甘やかな余韻に浸りながら、ひどい後悔の念に苛まれていた。ああ、せめて名前だけでもどうにか上手い感じに聞けよ、俺!

 ……いや待て。……放課後にまた、とか言ってたな。

 ワンチャン、ありますよ! これは!!!

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