ナイフ 6
「で、肝心の死神は何をするんだ?」
「現世うつしよとの接点を切断します」
環はハサミでちょん切る仕草をした。
「臍の緒、のようなものなんですよ」
母体との繋がりが断たれるとき、人の魂は、現世うつしよと繋がるらしい。死ぬときにその繋がり、つまり「緒」は自然と断たれるのだが、中には上手くいかない場合もある。それを断つのが死神の仕事だという。
「ただ切るだけなら、何てことないんですけどね。現世うつしよに強い執着がある方は緒を隠してしまっているんです。それを下部さんに引っ張り出していただいて、私がシャキィーンッと切るっ!……という寸法です」
ふむふむ。いいところは環が全部持っていく感じが引っかかるが、あらかたは把握した。ただ、気になる点がひとつ。
「……俺、いらなくね?」
死神は人とはコミュニケーションが取れない。だが、死にかけの人間と幽霊は別だという。能力も俺なんかよりずっと高い。いざとなったら何でもこなせるマスターが手伝ってくれる。
だったら、環とマスターがいればすべて事足りるだろ? 助けてもらっておいてなんだが、わざわざ俺を生き返らせてまで労役させる意味はあるのか?
「ファミコンってやったことありますか?」
環が唐突なことを言いだした。ファミコン? この年でファミコンをやったことがある奴って、マニアレベルのやつくらいじゃないか?
「いや、ないけど」
「本当にやったことないんですか? 本来家族で楽しむべきテレビを独占して、家人にぶつぶつ言われたり、冷やかな眼差し向けられたりしながら、手垢まみれのコントローラーをピコピコやる、あれですよ?」
テレビゲーム全般のことを言っているのか? しかし、なんて嫌な言い方を……。間違ってないけど。
「据え置きのハードのことを言っているのなら、PSの2と3と、Wiiは持ってる。Xboxは中学のとき友達の家で借りたことがあるだけかな。でも、こう言っちゃなんだけど、それらのハードをファミコンとは呼ばないぞ?」
「知ってますよ? でも、90歳のおばあちゃんなら、それらをファミコン、と呼ぶでしょうね」
「まあ……大抵はそうかもしれないな」
ゲーム好きなおばあちゃんなら別として、な。以前ネットで見つけたFPS好きのおばあちゃんだったら、愛機をファミコン呼ばわりされたら発狂するだろうな。まあ、あんなのは稀有な存在なんだろうけど。
「ゲーム機ひとつとっても、ほんの少し年代が違うだけで、ちょっと会話が成り立たないくらい変化しています。音楽もそうですよね? レコードしか知らない世代の方にとって、MP3プレーヤーしか使ったことがないお若い方はまるで宇宙人です。
私やマスターは、何にもしなければそのおばあちゃんみたいな感覚になってしまうんですよ。まあ、こういった道具に関しては調べればどうにかなります。でも時代の空気だけは、その時代の方と接していないと理解できないんです。たった数十年で常識や、正義の定義だってガラッと変わってしまったりするんですよ?」
なるほど。俺には腹落ちし難い感覚だが、言わんとしていることは分からなくもない。
………………そういえば、環って何歳なんだ? 見た目的には15歳くらいだが、今の話からすると……。
「ねえ、環さんって何歳……」
「何歳に見えますかー?」
環はものすごい食い気味に疑問で返した。口元はにっこりとしているが、確実に目は笑っていない。
「ええっと、15とか、16とか……」
「じゃあ、下部さんと同じ16歳ですー。それで、問題ないですよね?」
「……あ……えっと…………ハイ……」
これ以上突っ込むのは命が危ない。納得していないが納得することにした。
「あ、そうだ。私のことは環、でいいですからね? 同い年ですから?」
「りょ、了解しました。環さ……環」
「下部さんのことは下部でいいですか?」
「あの……下の名前でお願いできるかな? なんか、下僕って呼ばれているみたいな気分になるから」
「下部と僕の両方の意味を兼ね備えた、良い名字ですのにー」
「絶対に下の名前でお願いします!」
「わかりました。イチロ!」
環の満面の微笑みにドキリとした。ほんと、なんで死神なんだよ、環。
「ところで、学ランへの対応だけど、具体的にどうしたらいいんだ?」
「そうですね、まずはとにかく話しかけてみましょうか。今日の放課後あたりにチャレンジしてみては?」
やっぱりそうだよな。畜生。契約しちまったし、気は進まないがやるしかないか。生き返らせてもらったその恩を仇でかえしちゃいけないよな、人として。
「わかった。じゃあ、放課後に渡り廊下にでも待ち合わせて……」
「言いにくいのですが、今回の任務はお一人でご対応いただきたいのですよ」
「………………は?」
いや、何言ってんの。無理だろ、無理! やだ、逃げたい! 恩とかマジどうでもいい!
「実はイチロの前任者がとんでもない方でして……。何年もの間、のらりくらりとお仕事から逃げた挙句、交通事故でぽっくり逝ってしまったのですよ。私は命のあげ損です――」
あちゃー。まあいけない事ではあるが……、前任者にちょっと同情しちまうなー。幽霊と対峙したら逃げたくなるもの。本能として。
しかし、逃げるためには死ぬしかないのか。生きたいからこそ契約したわけで、それだと本末転倒になってしまう。死ぬことなく逃げられるなら、俺だって今すぐにでも……。
「元々お仕事してくださらない方でしたから、逃げられたからといって私にダメージがあるわけではなかったのですが、生死という厳粛な事柄において不正を行うことは許されるべきではないとマスターが激怒しておりまして。そういった経緯がありまして、今回から規律がインポッシブルモード並みに厳しくなってしまいました。最初の任務は死神僕の試用期間兼登用試験となります。基本的に僕が単独で対応、死神はあくまでもアドバイザーに徹するということで」
………………前任者めぇっっっ!!! マジで呪う! ハゲろっ! ハゲちまえぇっっっ!!!