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ナイフ 5

 「お話から察するに……」

 俺が話し終えてからも暫くの間、ケーキの上に乗っかっていた苺をつつきつつ思案していた環が、ようやく口を開いた。

 俺が幽霊のことを話している間に、食卓の上はデザートタイムに突入していた。苺のフロマージュというらしい。風呂饅頭とか言うからどんなもんが出てくるのかと期待していたのだが、普通のチーズケーキだった。カッコいい言い方をせずにチーズケーキならチーズケーキと言ってほしい。味に関してはあのマスターのお手製だけあって、文句のつけようがない。今までに食べたどのケーキよりも確実に旨かった。

 「危険はないと思いますよ。すごく大人しい方のようですし……。直接お会いしたわけではないので断言はできませんが」

 これは朗報だ。最初からラスボスみたいなのを相手にしたくない。というかできない。今の俺ならスライムにだってワンパンでやられる自信がある。

 「下部さんのお仕事はまず、その学ランさんと仲良しになることです」

 「ふむふむ」

 「仲良くなったら、成仏するためにどうして欲しいのか、その方の望みを聞きます」

 「ほうほう」

 「そうしたら、その望みを叶えてあげます。たったこれだけです。簡単でしょ?」

 「なるほどねー……って、いやいやいや! 気軽な感じで言っても騙されねーから! あんな気持ち悪いのと仲良しになるとか、マジ無理でしょ! 取り憑かれちまうよっ!」

 ゆらりと揺れる黒い霧のような姿を思い出し、身震いした。アレと面と向かって対話して親しく話をし、なお且つその願いを聞き遂げるだと? おぞまし過ぎる。ダメだ、どう考えても無理!!!

 「もー、失礼ですよ? 人を見た目で判断しちゃいけないって、ご両親に習いませんでした?」

 「いや、人じゃねーからっ!」

 「人ですよー! ただ強い思いを残して亡くなってしまわれただけなんです。 全然特別なことじゃありません。どなたにだって起こりうることです。下部さんだって例外じゃないんですよ?」

 ぐぬぬ。正論でこられると言い返せない。これ以上反論したらまるで俺が非道な奴みたいになってしまうではないか……。

 「……まあ……百歩譲って、あの学ラン野郎と仲良くなったとしようか。で、望みを叶えるってのはどうするんだ? 俺は魔法使いじゃねーんだぞ?」

 環はクスリと笑った。

 「そこは大丈夫です。下部さんはもう死神僕なんですよ?」

 「そんなこと言ったって、俺、別に魔法的な何かを使える訳でもないし……」

 「彼が見えたんでしょう? 十分特別な力が備わっているってことだと思いますけどね?」

 「いやいや、それだけならその辺の霊感少女と一緒でしょ? 俺が言いたいのはそういうことじゃなく……」

 「こういうことですか?」

 環はおもむろに腕を上に伸ばすと、何かを掴む仕草をした。宙が一瞬煌めき、それをグッと引き寄せた次の瞬間。環の手には金色に輝く片刃の刀剣が、あった。

 「……す……すっげえっっ!!!」 

 「男の子は好きですよねー、こういうの。実際、あんまり使うことないですよ?」

 みっともなく口をあんぐり開けているのは分かっていた。分かっているが閉じられない。それくらい俺は環の手の中の剣に魅せられていた。日本の刀よりも少し幅のある刀身だ。ヨーロッパや中近東でありそうな豪華で繊細な模様が刻まれている70~80センチほどの刃は、綺麗な曲線を描いている。柄には艶やかな紐飾りがついていて、環が剣を動かす度に溜息がでるほど優雅に揺れた。

 「俺も……もしかして、使えるのか? そんな、力……」

 「下部さん次第ですね。資料にも書いてありますが、こういうのは本当にその方の資質によるといいますか」

 そういやそうだった。朝は「刀がいい!」なんてはしゃいでいたが、実際に見てみると俺には出来そうな感じがしない。

 「どうせ俺のは、よくてせいぜいカッターくらいなもんだろ……」

 「カッタ―、便利ですけどね?」

 「……見てくれも気にさせてくれよ」

 俺もガキじゃないから、なによりも実用性が大切なのは理解しているつもりだ。でもカッコ悪いよりカッコいいほうが断然、いい。

 「大丈夫ですよ。そのうち下部さんにぴったりの能力が目覚めます。私、人を見る目には自信があるんですよ?」

 環はウィンクをして、血しぶきを払うような仕草で刀剣を振るった。すると刀剣は金色の粒子の光になり、空に溶けた。

 「さて、お遊びはこれくらいにして……。先ほども言いましたが、今みたいなのはあまり使い道がありません。ものすごい不幸なことに、突然襲われるようなことがあれば別ですけれど。例えるならば一昨日の下部さんみたいな?」

 「……おい」

 「まあまあ。一度は超不幸に見舞われてしまった下部さんですが、現実世界でどこぞのハリウッドの主人公並みに死にかけるイベントが重なりまくることは、まず、ありえないわけです。この仕事において一番重要なのは、毎日の地道な積み重ねなんです。ハリウッド映画だって最初から最後までドンパチしているわけではないでしょう?」

 「まあそこに至るまでの過程ってもんがあるからな」

 「そうです。その過程において幽霊さんといかに強固な信頼関係を築けるか。そこにクライマックスの成否がかかってると言っても過言ではありませんよ。おしゃべりですぐに望みを教えてくれる方ばかりではないですからね」

 「教えてもらえないんじゃ、こっちはお手上げだろ」

 環は深々と溜息をついて頷いた。

 「生きている人間さんにも通じることですが、心を開くのが得意な方もいれば、とっても苦手な方もいらっしゃいます。そして、より強い思いを抱えて現世(うつしよ)に留まってしまうのは、圧倒的に後者の方が多いのですよ。下部さんがお会いになった学ランさんもきっと……」

 「後者、だろうな」

 自分だけの世界に閉じこもったようなあの態度。どう見たって非社交的なタイプだ。

 強烈な個性の友人に囲まれているからか、俺は世間からはコミュ力が高く忍耐強い人間として認識されているらしい。だがその実態は小心の権化だ。ちょっとしたことでガラスのハートがパッキパキに壊れてしまう、いわゆる豆腐メンタルと呼ばれるような人種なのだ。だから、自分から誘ったり話しかけたりという行為が、とにもかくにも苦手なんだよなあ……。

 ああ、ますます職務を全うする自信がなくなってきた。友達量産することが人生の目標みたいな、コミュ力だけで生きているようなやつの方が適任だったんじゃないか? 

 「なあ。もし、ずっと教えてくれなかったら、どうすればいいんだ?」

 「教えていただくまで頑張る、ですかね」

 「じゃあ、その望みが実現不可能なことだったら?」

 「実現できるように頑張るか、諦めていただくように頑張って説得するか?」

 「根性論かよ」

 「根性論です」

 環は開き直ったようなことを言った。結局のところ、頑張る、しか方法はないらしい。ったく、昭和か。ブラックか。

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