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ナイフ 3

 タンクの圧倒的な統制力により教室を一気にHRモードにはいる。おかげで、華子と亮介の冷戦はうやむやになって終了した。こいつら決して折り合いが悪いわけではないはずなのだが、最近こうやっていがみ合うんだよなー。リョースケは遊びだと言っていたが……。んー、小心な俺には理解できん……。


 HR後に1限目の準備をしていると、タンクの手が俺の肩をポンと叩いた。実に重量感のある手だ。「ポン」ていうか「ボスッ!」って感じだ。

 「昼休み、職員室に来い」

 タンクはボソッと用件だけ告げると、さっさと教室から出て行ってしまった。簡潔だな。さすがはタンク、男らしい。

 ていうか、俺、なんで呼び出しくらってんの? 恋の告白ならお断りだぞ?


 昼休み。俺は職員室に行くべく席を立った。あの学ランの幽霊ことも気になるが、今の俺にはどうしようもない。そっちのほうは放課後に環に連絡をとって、どうにかしてもらうことにした。昨日別れ際に携帯番号とメールアドレスを交換済みだ。

 どうでもいいが、死神も携帯を使う、ということがちょっとした驚きだった。どうやって契約してるんだろう。住民票とか戸籍とかあるのだろうか?

 教室を出たところで、すべすべの小さな手に視界を覆われた。おお、環か。連絡する手間が省けたな。

 「だーれだ☆」

 「環だろ」

 間髪入れずに答えた。なにしろ答えは一択なのだ。俺に目隠しなんて可愛いことしてくれるのは環しかいないのだから(涙)。華子ならきっと、だ―れだ(みぞおちパンチ☆)。ほのりなら、だーれだ(足踏みつけ☆)でくると思う。ああ、つくづく環が死神であることが悔やまれる。天然極まりないわ、美人局するわ、監禁するわ、不法侵入するわ……会ったばかりでこれだけ色々あるって結構ひどいな……いや、でも、ほら! なんだかんだいって優しいし、めちゃくちゃ可愛いし。

 環は、ちぇーですよぅ、と文句をいいながら手を退けた。即行答えられたのが気に入らなかったのか、目隠しを外されて真っ先に目に入った環の口はつんつんに尖がっていた。

 「もっと乗ってきてくれないとつまんないですー。せっかくお約束通り、お食事をご用意しましたのに?」

 ……お、食事……だと? ……ハッ! そういや、お弁当がどうとか昨日言ってたが、マジで持ってきてくれたのか? これはちょっと、マジで、感動……。

 そのとき教室を出ようとしていた女子が、出入り口を塞いでいた環にぶつかった。

 「うわっと、ごめん!」

 女子は短く謝罪をしながら環を見て一瞬、「ん?」という顔をしたものの、何事もなかったかのように行ってしまった。

 「どうかしました?」と、環。

 「……いや、どうしたも何も……、なんでみんなスル―してんのかなって……」

 昨日はテンションあがりすぎていて気付かなかったが、どうしてみんな、環に反応しないんだ? 学校という世界は農村並みに閉ざされている。ちょっとでも変わったことがあれば、目ざとい連中が見つけ、口さがない連中が言いふらす。例えば転入生が来たとき、それがどんなに地味な生徒だろうと必ず観に行く奴がいるよな? それが超絶美少女の環だったら、それこそ学校中をあげての大騒ぎになるはずなんだが。……もしかして、環は俺以外には見えていない……?

 「私のことなら、みなさん一応、見えているんですよ?」

 俺の思考を読んだように環が説明した。

 「見えているけれど、見えていないんです。つまり、風景の一部みたいなもので、自分とは関わりのないもの、として見えるわけです。教室をふっと見たとき、沢山のノートや教科書が目に入るでしょう? でもそれが1冊増えても減っても、誰も気がつかない――。私は人間さんにとってそんな存在みたいです。今みたいにぶつかったりすると、ちゃんと見てもらえるんですけれどね。でも、すぐに風景に戻っちゃうみたいですよ?」

 環はまるで他人事のように淡々と語った。目が合うと環は小さく肩をすくめてみせてから、いつもの明るい調子で話しだした。

 「なぁんて☆ 偉そうに説明しても、私が人間さんの立場で私を見ることはできないですから。これはあくまでも、今まで人間さんを観察してきた私の推測ですよ?」

 「……なんか、それって……」

 通りすがりの人間に声をかけては無視される環を想像した。誰も気づいてくれないなら、ほとんど透明人間みたいなものだ。それは、この世界で一人ぼっちと同意義じゃないか。あまりにも寂しすぎるだろ……。

 「ああ、気にしなくていいんですよー。私の近くにはいつもマスターがいて、なんだかんだとお手伝いしてくれますし。時々、こうやって僕さんを見つけて仲良くさせていただいておりますし。あ、近々ぽっくり逝かれる方とも楽しくお話できるんですよー。だから、全然寂しくないんです」

 環はにっこりと笑うと、俺の手を引っ張って歩き出した。

 「さあさあ! そんなことより、今はとにかくお食事ですよっ!」

 「ちょ、ちょっと待って、環……さん」

 腹の中では呼び捨てにしたりあだ名で呼んでるくせに、いざ本人を目の前にするとサン付けしてしまう。これ、小心者あるあるな。

 「なんでしょう? さあ、早く行きましょう! 男子高校生はいつだって腹ペコなはずですよ? 行きましょう! 今すぐ行きましょう! さあ! さあ!! さあっ!!!」

 さては腹ペコはお前だな? 環は遊園地でみかける小さな子供のように俺の腕をひっつかみ、全力で引っ張りだした。

 「ま、待って、ちょっと待って! 俺、職員室呼ばれててさ……」

 「んまっ!」

 環はけしからんと言うように眉間にしわを作った。

 「ごめん、さすがに行かない訳にはいかないし」

 「……仕方ないです。じゃあ、準備してますから、用事が終ったらすぐに来てくださいよ?」

 不承不承に俺の腕を放した環は、パタパタと上履きを鳴らしてどこかへ向かって走り出した。ちょいちょいちょいっ!

 「なあ! どこへ行けばいいんだよ?」

 俺の声にくるりと振り向くと、環はぴしっと天井を指した。

 「高校生のお食事と言えば、屋上、でしょ?」

 ……そう……なのか?



 職員室に入ると、タンクは自席で焼きそばパン(特大)に齧り付いていた。机の上にはコロッケパンとハンバーガーが控えている。実にすがすがしい食べっぷりだ。

 目が合うと、タンクは使っていない左手をちょいっと上げて俺を招いた。近寄るやいやな、A4サイズのプリントを投げるようにして手渡された。

 「お前、このプリント貰ってないだろ?」

 「はあ」

 なるほど、昨日遅刻したから貰いそびれたのか。プリントに目を落とすと、若干ソースがついているのが気になった。注意するのもなんだし目を瞑ることにするが、タンクも一応女性なわけだし、少し気にしてほしいところだ。

 ええーっと……模範的な休日の過ごし方……? うん、完璧にどうでもいいようなプリントだな。家に到着した途端、ゴミとして処理されるやつだ。なんだよ、タンク。こんなの教室で渡してくれればいいのに。

 「あの……、これで、終わりですか?」

 「……ああ」

 腑に落ちなかったが、俺としてもこんなところにいるよりも飯を食いたいわけで。会釈をしてさっさと立ち去ろうとすると、タンクの向かい側に座っていた国語教師おじいちゃんが、わざとらしいしわぶきをした。タンクは気まずそうに国語教師を見やり、小さな声で俺を制止すると、苦々しげに舌打ちをしながら乱雑な机の中から有名なキャラメル味のキャンディーの袋を探し出し、俺に突き付けた。

 「これは?」

 「見てわかるだろーが、飴だ」

 「いや、そういうことじゃなくて……」

 これは一体どういう意味を含んでいるのだろう。タンクらしからぬ行動に、俺は不本意ながらドキドキしてしまった。

 「……やる」

 「……もしかして、俺が……特別な存在ってことですか?」

 「ばっっ……! 違うだろーがっ!」

 タンクは唾を飛ばして否定した。なんだ、違うのか。見るとタンクは耳まで真っ赤になってしまっている。照れ隠しに振り回されたタンクの拳を、俺はすんでのところで回避した。

 「……昨日は、ちっとやりすぎた。スマンかったな」

 「………………は?」

 向かいの国語教師が笑っていた。その隣席の世界史教師おばあちゃんは笑顔で頷きながら拍手をしている。なるほど、昨日のヤクザまがいの説教を上司から説教された、と。それでキャンディか。タンク、可愛いところがあるじゃないか。

 「行ってよし!」

 この空気に耐えられなかったのか、タンクはビシッと出入り口を指差した。なんだよ、シャイな奴め。しかし、このまま出て行っていいものだろうか? お礼くらい言った方がいいよな? でも、謝罪にお礼ってのも無粋かもしれないな……。

 あれこれ悩んで愚図愚図していたら、タンクが右フックの素振りを始めたので、そそくさと退出させていただいた。

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