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ナイフ 2

グダグダ回、続く

 自分の席に着くなり机に突っ伏した。幽霊との遭遇に華子の急襲。今日は始まったばかりだが、もう疲れた。限界だ。俺の許容量を余裕で超えている。

 「ヨッスー」

 雑誌から出てきたような薄茶色の髪のイケメンが、悪戯っぽい目つきで俺を見下ろしている。リョースケだ。

 「朝から派手な夫婦ゲンカ、お疲れ様です!」

 リョースケはおどけた仕草で敬礼して、前の席に腰かけた。

 俺と華子は付き合っている訳でもなんでもないのだが、よく華子が俺をどついてくるせいかカップルみたいな扱いを受けることがある。世間様いわく、華子は俺を気に入っているからどつくらしい。華子がそんな小学生男子みたいな可愛らしいことをするようなタマなもんか。ただ俺のことをいい具合のサンドバックとして認識してしまったに過ぎないのだ。

 当然リョースケはそんな内情は承知済みなのだが、華子のことで俺をからかうのがお約束になっている。俺は華子に聞こえないように、声を抑えて反論した。

 「夫婦じゃねーし。さっきは蹴られたうえにマジで殺されかけたわ」

 亮介は爆笑している。

 「だから、華子会なんかさっさと抜けろって言ったんだよ」

 「俺はお前と違って、人間関係に波風たてるの嫌いなの!」

 そもそも、俺が華子会に入るきっかけはリョースケなのだ。高校の入学式の直後、俺はリョースケにカラオケに誘われた。そこで華子やほのりと出会ったのだ。華子がSNSをやろうと言い出したとき、面白そうと食いついたのもリョースケだった。そのくせ1週間もしないうちに飽きたからという理由で離脱。自分勝手がすぎるだろ。

 だが、リョースケは不思議と憎めないやつなのだ。ワリィ、やりすぎちった。その一言でなんとなくチャラになる。

 リョースケは決して悪い奴ではないがイイ奴でもない。冗談を言って周囲を楽しませるようなムードメーカーである一方で、めちゃくちゃ計算高く、損することは絶対にしない。そして、それを隠そうともしない。自分は自分、嫌うなら嫌え、というタイプだ。そこが小気味よく、はっきり言ってうらやましい。一挙手一投足、いちいち周りの目を気にして、ありもしない正解を探してしまう俺とは大違いだ。

 

 「おはよう!」

 いかにも人好きする、眩しい笑顔が俺とリョースケに向けられた。この昭和のドラマに出てきそうな好青年は朔哉だ。

 性格がよく、品行方正、成績優秀、運動神経も悪くない。あらゆる方面に有能な男だ。ついでに性格もいい。学級委員のような面倒事も笑顔で引き受けるし、誰にでもわけ隔てなく優しい。

 パーフェクト過ぎて近寄りがたく感じていたのだが、なんでも選択の授業でリョースケと一緒の班になったときにウマがあってしまったらしく、以来、俺にもよく話しかけてくれる。

 「また、DVを受けたんだって? 廊下で隣のクラスの女子が騒いでたよ」と朔哉。

 「ドメスティックじゃない。普通のバイオレンスだ」

 暴力において普通とは何なのかよく分からないが、家庭内の出来事でないことだけは確かだ。

 「一路がビシッと言わねえから、付け上がるんじゃないのー?」

 そう言いながら、リョースケは窓ガラスを鏡にしてしきりに髪をいじくりまわしている。どうやら頭頂部のふわふわ具合が気に入らないらしい。

 「そう簡単に言うけどさー」

 酷い目にあわされていることは確かだが、俺は華子が嫌いなわけじゃない。だから、真っ向からケンカを吹っ掛けるような真似はしたくない。それに華子と揉めるようなことがあれば、面白可笑しく尾びれも背びれも胸びれもついて、関係ない奴らが後ろ指を指してくるだろう。華子の物理攻撃よりもそっちのほうが俺的にはダメージがでかい。

 「まあ、わざわざ揉め事にする必要なんてないしな」

 平和主義者の朔哉が俺をフォローした。本当、イイ奴だなー。ほのぼのするぜ。

 「あー、そうですかー」

 スタイリングが上手くいかなくてイラついていたのだろう。リョースケは頭をもみくしゃにすると、いきなり馬鹿でかい爆弾を落とした。

 「いちいち華子のご機嫌なんかうかがう必要ないっしょお!? なぁー、華子ぉ!!!」

 「ちょっ!」

 騒然としていた朝の教室が、墓地並みの静寂に包まれた。一瞬の間をおいて、生徒達はリョースケと華子を交互に見ながらひそひそとさざめき出す。その声がやたらと俺の鼓膜に響き、いたたまれないような気持ちになった。見なくても、華子がこちらを睨みつけているのが分かった。ギロリ、と擬音まで聞こえたような気もする。

 俺が冷や汗をかきながら華子に背を向けて縮こまっていると、チャイムが鳴った。リングに上がるレスラーのように堂々とした歩みでタンクが登場する。今ばかりは、タンクが女神に見えた。

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