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ナイフ 1

ぐだぐだ回

 学ランを着用したソレ……幽霊と、呼ぶべきなのか? とにかくソイツは、紫陽花の咲く渡り廊下で、ひっそりと佇んでいた。

 幽霊に視力や聴力、触覚なんかはないのだろうか? ソイツのすぐ近くで吹奏楽部の一年生が調子はずれのトロンボーンをけたたましく吹きならしていても、野球部の連中が、ソイツの身体を走り抜けて行っても、まったく気にする様子がなかった。いや、気にしていないというより、お互い干渉しあっていないんだろうな。学ランの幽霊だけが俺達とは違う世界にいて、今見えているのはそのホログラム映像かなんかみたいだ。


 畜生。本物を目撃してしまったせいで、急に不安になってきてしまったじゃないか。出来ることなら今すぐ逃げたいぞ。

 ソイツのことで頭がいっぱいになりながらもふらふらと歩いていたら、なんとなく教室にたどり着いてしまっていた。ほとんど帰巣本能のようなものだ。教室以外に行き場のない、帰宅部の悲しい性だな。

 まだ、渡り廊下にいるのだろうか。教室前の廊下から覗いてみようとしたが、建物の角度的に微妙に見えない。見なけりゃいけないわけではないし見たいわけではないが、見えないとなると気になるものだ。窓から身体を乗り出し、落ちないように慎重に見える場所を探していると――――。

 「ヒャッ!!!」

 いきなり背中を強打された。飛び上がって振り返ると、同じクラスの華子が片足上げて突っ立っている。

 「そこにいられっとぉ、めっちゃ邪魔なんですけどぉ」

 け……蹴った? あんた、蹴ったよね? 今、蹴ったよね!? いくらなんでも酷過ぎないか? 殺す気かよ!? ここ、2階だぞ!

 華子は一ミリも悪びれない不遜な態度で、ふんっと鼻で笑った。殺されかけて口をパクパクやっている俺に謝るそぶりすら見せず、ご自慢の長いウェーブヘアをアクセサリーをじゃらじゃらに付けた腕でかきあげた。

 彼女は旧世代の遺物、絶滅危惧種のギャルという生物だ。流行に決して押し流されず、我が道を行く。その姿は時代に取り残された明治の侍の悲哀に似ているし、未だにバブル時代のボディコンを着こなす、俺の叔母にも相繋がるところがある。

 「邪魔なんですけどぉー?」

 華子は繰り返した。なるほど、大事なことらしい。って、アンタ、傍若無人もいいところよ? 廊下の端にへばり付いていた俺が邪魔になるほど太ったのか? まあ、そんなことは間違っても口にできないので、穏やか且つ論理的に抗議すべく言葉を選んでいた紳士的な俺の尻に、華子の回し蹴りが炸裂する。っ痛ぅ~! 鈍い打撃音が廊下に響く。

 近くでたむろしていた女生徒達が、もう耐えられないとばかりに噴き出した。一人は早くもスマホを操作している。ああ、またつまらない噂が学校中に広まってしまう……。

 華子は非常に目立つ存在だ。時代錯誤甚だしいギャルとはいえ、かなりスタイルが良く、少々きつめだがその辺のモデルなんかよりもずっと綺麗な顔をしていて、どう控えめに言っても「美人」だ。その上、意外と面倒見がよかったりするものだから、男女共に憧れている奴は多く、その一方で敵も多い。

 とにかく良くも悪くも、常に何かしら噂されているタイプなのだ。登下校の小粋な会話に、ランチタイムのお供に。会話に困った大人が天候の話をしたがるように、彩高生は華子の話をする。

 本人は嫌がる様子もなく、むしろこの状況を楽しんでいるようなのだが、巻き添えを食う方はたまったものではない。歪曲された情報が囁かれているのを耳にして平然としていられるほど、俺は鈍感にできていないのだ。ああ、心労で胃が痛い……。

 華子は尻をさすっている俺を一瞥すると、無言で教室に入っていった。なんなの一体? 俺、なんか悪いことした? それとも生理か? 生理なら関係のない俺に当たるのは即刻やめていただきたい。


 「災難ね」

 うしろで傍観していた、ほのりがフフンと笑う。

 ほのりは華子の親友で、華子の後ろを影のようについて歩いている。かなり小柄だからまるで華子のペットのようだ。彼女も非常に可愛いと評判の女子なのだが、ジャンルは華子とはまったく正反対といってもいい。直毛で艶やかな黒髪セミロング、内側からにじみ出る凛とした女らしさが魅力的な大和撫子だ。一見大人しそうにも見えるが、あの華子と対等に渡り合っているだけあって……強い。

 「既読スルーなんてするからよ」

 「既読スルー?」

 今年に入って急にSNSに目覚めた華子に強制加入させられた、あれか。

 華子と同じクラスのやつ、華子と同じ中学だったやつ、華子と同じバイト先のやつ、その他どこのどなたかは知らないがとにかく華子に気に入られてしまった不幸なやつ――。つまり、華子を中心とした人間達で構成される、華子の華子による華子のための、通称「華子会」メンバー専用グループだ。

 このグループの参加者は、華子が何らかのメッセージを発したら即座に返答することが義務付けられているのだ。

 「おいおいおい、俺がそんなミスを犯すわけないじゃないの。ちゃんとチェックしてるし、ちゃんと返してるって」

 こういうのはちゃんとしとかないと後が怖いからな。正直な話、SNSはあまり好きではない。面倒だからといって無視すると余計に面倒なことになる、人間関係破壊ツールだと思っている。みんながやっているから仕方なく参加しているだけなのだが……。小心な俺はついついこまめにチェックしてしまい、結果的に超マメな人として周囲に認識されてしまっている。実に皮肉な話だ。

 「信じられないのなら、自分の目で確認なさいよ」

 ほのりは呆れた様子で溜息をつくと、ちょっと背伸びをして、自分のスマホを俺の目の前につきつけた。

 『本当の優しさってなんだろうね…?』

 ……このポエム……見覚えがあるぞ。もしや、あれか? 俺が死にかける直前に見ていたやつか? どう返していいか判断に困って、ちょっと公園のベンチで考えようとして、結果、誰かに刺された時の、あれだな?

 これはどう考えても不可抗力だよなー。むしろ、華子のポエムのせいで俺は死にかけたといっても過言ではない。まあ、今俺はピンピンしてるし、どう弁明しても信じてもらえないだろうけどさー。

 「既読258件。華子会全メンバー、258名が読んでいるってことよ」

 この既読システムとやらを考えた奴を、俺は呪う。つーか、華子会っていつの間かすっげー拡張しているのに驚いた。4人で始めたグループが2か月後には258名か! 華子、恐ろしい子!

 「いや、忘れていたわけじゃないんだけどさ、なんて返していいか思いつかなかったというか……」

 なんて返せば正解なのか分からない難易度高すぎるメッセージは法律で規制すべきだと思う、マジで。

 「適当でいいのよ。こんなもの。華子なんか返事があればそれだけで満足するんだから」

 ほのりはつるつると画面をスクロールさせ、自分のメッセージを表示した。

 『ばかじゃないの、そんなの場合によるでしょう 鬱陶しいからいちいちくだらないこと聞かないで』

 ……ほのり、親友に対して辛辣すぎやしないか? いや、親友だからこそ忌憚のない意見を言えるのかもしれないが……。

 「ね、何でもいいのよ」

 そっかー。なんでもいいのかー。でもどうせ俺が同じメッセージ返したら、100発くらい殴られた上に屋上から突き落とされたりするんだろ? 分かってんだから。

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