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予定通り、

5話で最終話です。


 今まで行方不明者は死んでいることを前提で探してきたが、生きているという考えならば、探し方が変わってくる。

 普通の人の目に留まらず行方不明者を隔離でき、なおかつある程度広さのある場所が必要だ。個人邸宅ではまず無理だ。


 監禁場所はどこだろう。


「なあ、今まで探した場所を除いて、そんな建物ってある?」


 ──で、僕たちがいるのはS町の外れ、K村側の山の麓にある私立病院の中。こんなに病人なんて居ないだろうというくらい広大な敷地を有している。

 その一角、特別病棟。なんでも精神病の患者が入院している区域らしく、外部から三メートルの高さの壁で完全に隔離されている。


 しかし、侵入しようとするような物騒な輩はいないのか、出入り口に警備員がいるだけだ。そのほうが僕たちにも都合が良いので構わない。


 壁をひらりと跳び越えられたりしたらカッコ良いのだが、生憎そんな能力は無いので、夜を待って闇にまぎれてハシゴで侵入した。中に降りたところで、ハシゴを木の影に隠す。


「さて、不法侵入したのは良いけど(いや、本当は良くないけど)どこから探す?」


 一般病棟のような案内図は無い。なおかつ、非常灯がついているだけで薄暗い。


「こういうのはやっぱり地下に秘密の部屋があるものじゃないかしら」

 すごい偏見のような気がする。

「まだ、ここが行方不明者たちのいる場所だって決った訳じゃないんだから」


 美琴は構わず、階段のフロアを見つけ、下に下りる。僕としてはもっと慎重に行動してほしい。最初に会ったときはもう少し行動の端々に警戒心が見えたはずなのに。


 人に見つかるわけにはいかないが、人がいる場所を探し出さなければならない。ここの光源も非常灯のみだ。


 一つ目、二つ目の部屋は鍵がかかっていた。三つ目の部屋は鍵がかかっておらず、コッソリと中に入る。


 中は光量が落とされていたが、見通せないほどではない。非常等に慣れた目では十分明るい。十個のベッドが並んでいる。その上には点滴を腕に刺した患者が眠っている。


 妙な病室だ。そもそも十人もの患者を一つの部屋に収容しているものだろうか。


 ──突然、明かりがつく。いきなりのことに目が慣れない。


「これはようこそ。こんな夜更けにこの病院にどんな御用ですか」


 ドアを背に白衣の男が立っていた。中肉中背で特徴の無い顔。口調は丁寧だが、明らかにこちらを馬鹿にしたような態度。


「作者の都合…というのは冗談ですが。貴方達が入り込んでから、いつ声をかけようか待っていたのですよ。効果的な登場を演出するために」


 監視カメラくらい当然ついているんだよ、と彼はクククッと笑う。

「アンタはここの医者か」

「ええ。この病棟の主任をしています。頭がおかしくなったときは是非ご利用をお願いします」


「奈津美ちゃん……?」

 美琴がベッドに寝ている一人の女の子を見つけ駆け寄る。その名は美琴が探していた女の子の名前だ。


「奈津美ちゃん!」

 もう一度声を掛け揺さぶるが、反応は無い。彼女だけでなく、誰一人起きる気配がない。

 他の患者を見てみる。やせて少し写真と印象が違っているが間違いない。彼女らの幾人かは行方不明者リストにあった顔だ。


「あまりクランケを動かさないでくれますか」

「……何で奈津美ちゃんがここにいるの?」

「私が連れてきたからです」男は淡々と答える。


「ここで何をしているの」

「残念ですが教えることはできません」


「こういうときは目的とかをペラペラ喋るもんじゃないのか。冥土の土産とか言って」

「云う必要はありません。さて、早速で申し訳ないのですが、おとなしくしていただけないでしょうか? 命まで取るつもりは有りませんから。だだ、二度と目が覚めない可能性は多聞にありますが」

「それで大人しくなる人がいるはずないだろ」


「なるほど。もっともですね。では、少々強引な手段をとらせていただきます」

「嫌だって言ったら止めてくれるのか」

「まさか。聞くまでも無いでしょう」

「あ~、そうですか」


 交渉の余地はなさそうだ。

  男はポケットからナイフを取り出す。僕も何か武器になるものを持ち、対抗しようとするが何も無い。手ぶらだった。


 美琴が僕をかばうように前に出る。手には懐中電灯。


「だって、どう見てもあなたは弱そうだもの」


 自慢じゃないが、喧嘩は弱い。が、女の子に守られる男って情けなくないか。さらに美琴は年下だぞ。


「というわけで、美琴ちゃんは懐中電灯を貸して」


 僕が美琴から懐中電灯を取り上げようと、一瞬視線を外す。すると、それを見逃さず男が向かってくる。


 見かけによらず速い。僕が気づいたときには突き飛ばされていた。  ──美琴に。


 美琴は懐中電灯で受け止めていた。男はそのままナイフの刃を滑らせ指を狙うが、美琴は器用にはじいた。


 男は美琴の反撃を警戒してか、後ろに下がり間合いを取った。僕はその間に立ち上がった。ベッドを間に挟み男と対峙する。

 男が唯一のドアを背にしているためナイフをかいくぐらないと逃げられない。


「ふむ。素直にやられてくれませんか。でしたら、死ぬことになりますよ」

「そう簡単にはやられないわよ」

「いえ、貴女ではなく知り合いの女の子が」


 そう言って、男は奈津美ちゃんという女の子の右腕にためらいもなくナイフを突き立てた。

 刺された箇所から血が流れ出す。


「なっ!」予想外の行動に美琴が凍りつく。


 美琴へナイフが振りかざされる。僕はがむしゃらに男に体当たりをした。ナイフは僕の腕を浅く切ったが、運よく美琴の身体をそれた。


「いくぞっ」

 美琴の手を取り、脱出を試みる。しかし、美琴は動かない。


「でも、奈津美ちゃんが」

「僕らがここにいても何もできない。ここにいたらむしろ事態を悪化させる」


 男は脅しのために腕を刺しただけだろうが、いざとなったら殺すことも厭わないだろう。


「美琴ちゃんこっちへ」


 男は僕らがぐずぐずしている間に接近してきている。今度は強引に手を引く。


「えっ……」美琴の表情が驚きに変わる。


 僕の腹にナイフが突き刺さっている。そしてそのまま横に引かれる。

 盛大に血が噴出す。慌てて手で押さえるがその隙間から血は流れ続ける。もうためらう猶予はなさそうだ。僕は切りつけられるのも構わず、男に頭から突っ込んだ。そのついでに手で漏れ出す血を男の顔面にぶちまけてやる。そのままの勢いでドアを抜け部屋の外に出る。


 美琴に肩を貸してもらい歩くが、階段を上れずバランスを崩し二人で倒れこむ。


「何で庇ったりするのよ!」

「成り行きだろ。とっさで、深く考えなかったよ」

「──他の人に深入りしないはつもりだったのに。初対面は最悪だったのに、あなたの事がずっと気になって。何だか、……」


「そんなことより、美琴は逃げろ。外に逃げて携帯で警察に電話するんだ」

「あなたをおいて逃げるなんてできない。わたし、──あなたのこと好きよ」

「何をいきなり? そんなこと言っている場合じゃないだろ」 「だって……」

 さらに言い募ろうとする美琴をとめる。そして首を振る。


 それは勘違いだよ。ここ数日一緒にいて、今の危機的状況でそう錯覚しているだけだよ。いわゆる吊り橋効果ってやつだ。


「わたしの血を飲んで。吸血鬼って、血を飲めば傷が癒えたりするんでしょ」


 僕は首を振る。試したことはないが、僕にはそんな能力は無い。だから、代わりの言葉を紡ぐ。


「それより、美琴こそ僕の血を飲むんだ。そうすれば……美琴は何かしらの能力が発揮できるはずだから。そうすれば助かるかもしれない。

 僕なら大丈夫。知っているか、吸血鬼って不死身らしいぞ。僕だって腐っても吸血鬼なんだからこれくらい平気さ」


あの人の言ったことが真実なら僕の血で美琴の能力が発揮できるはず。そうすれば美琴だけでもこの状況を切り抜けることが出来るはずだ。 …僕はもう駄目だろうけど。


 美琴は頭を振り、震える。

「わたしも人の血を飲んだことはないの。どうしても我慢できないときは自分血を舐めて吸血衝動を抑えてきた。もし、自分以外の血を口にしたら、その先がどうなるのか…怖いから」


「――美琴」僕は美琴に口づけした。


「何を……」

 僕のしたことにパニックになり、美琴はあわてて離れる。だが、もう手遅れだ。口移しで僕の血を流し込んだ。


「僕のファースト・キスなんだから感謝しろよ」

 おどけるように言うと、美琴も負けずに

「わたしも初めてなんだから。責任とってもらわなくちゃいけないんだから。――だから…しっかりして。すぐ病院に連れて行くから」


 無理だよ。僕のことはあきらめろ。 どんな力なのか知らないけれど、あの人の言うとおりなら僕の血で美琴の力が発揮するはずだ。その力で美琴だけでも逃げろ。


「彼はもう駄目ですね」男が追いついた。白衣は僕の返り血でまだらに赤い。

「何が駄目なのよ! 絶対死なせないんだから!」

 ぎゅっと抱きしめられる。


「これ以上騒がれると、私としても困ってしまうので、貴女も死んでください」

 男は感情を感じさせず、あくまで淡々と喋る。そしてナイフを手に向かってくる。が、美琴はそちらを見ることなく、振り払っただけで彼は壁まで弾き飛ばされた。


「………」

  死んではいないけれど、そのままぐったりとして動かない。


「はははぁ。何だ、美琴の力って文字通り、ただの怪力か。しかし、さすが吸血鬼。圧倒的だ」

 言葉を口にする度、血が口の中に逆流し、溜まる。お腹の血も止まる気配はない。 あぁ、やばい。目がかすんできた。


「雅史、雅史、まさしー!」

 そんなに揺するなよ。痛いじゃ、な、い、か………


「…琴美」


 ぼんやりとした視線の先にいる人物に呼びかける。夢の続きか、未練が見せた幻想か。どうでもいいけど美琴は無事だろうか。 握った拳に爪が食い込み、痛い。……痛い?


「あれ、生きてる」がばっと勢い良く身を起こす。


「生きているわよ」

 むすっとした声は美琴のものではなかった。依頼人の女性だ。


「あれからどうなったんですか。美琴は?」

「美琴ちゃんでなくて悪かったわね」

 そっぽを向いて彼女は答える。


「すねないで下さいよ」

 ここはK村でもS町でもなく、見慣れた自分のアパートの部屋だ。


「ぶ~~。せっかく手当てしてあげたのに。……傷は残っちゃったけど、まだ痛い?」

「いいえ。治療してくれたんですよね。ありがとうございます」


 身体を動かしてみるが、各部に違和感は無い。自分の服をたくし上げ、お腹を見ると横に線が入ったような傷跡が残っていた。


「ケガをしたのが病院で運が良かったわね。もう少し応急手当が遅かったらそのまま霊安室へ直行だったわよ」


「それで、美琴は…?」


「雅史君が死にそうになった日から三日後よ。

 例の行方不明者たちは重傷者が一名いたけど、全員生きている。何か薬物を投与されていたらしくてリハビリが必要だけど。それと犯人は地元の警察に捕まって、今拘留中。ずっと黙秘していて事件の動機や目的は不明……」

「だから美琴は……?」僕は重ねて言った。


 彼女は僕の目を見て真剣な顔をする。

「私が人に害をなす人じゃない存在を追っているのは知っているでしょ。――美琴ちゃんは雅史君の血を飲んだのね」


「でも、あれは仕方なく…… そうしなければ二人とも死んでいた」

「美琴ちゃんから話は聞いたわ。だから雅史君にも確認。美琴ちゃんは雅史君の血を飲んだのね」


「……はい」

「一度血を飲んだら、歯止めが利かなくなる。かつて、排除してきた者で一度味を覚えてから我慢できなくなり無差別に血を吸うようになった、堕ちていく吸血種がいたわ」


「美琴はそんなことしない!」


「だけど、美琴ちゃんは自分以外の血を覚えてしまった。」

 もう自分の血だけでは吸血衝動を抑えられないということだろうか。


「だったら、僕の血を与えればいい」

「――本当に? その覚悟があるの」

「………ああ」


 僕の言葉に彼女はにこりと微笑む。

「じゃ、頑張って。月一回程度舐める分だけ、5㎣程度与えれば良いはずだから」


「………」


「彼女は吸血鬼と言っても、元々血を必要としないタイプだから」


「………騙しましたね」


「人聞き悪いわね。美琴ちゃんを如何こうするなんて、一言も言ってないじゃない。過去にそういうのがいたって話をしただけよ。雅史君が勝手に勘違いしただけでしょ。雅史君だって吸血鬼なのに野放しにしているんだから、不公平でしょ」

「………なんでそんなに美琴のことに詳しいんですか」


「…乙女は秘密がいっぱいなのよ。 ──美琴ちゃんは隣の部屋で寝てるわよ」


 彼女は言いたいことだけ言うと「じゃあね」と手を振り、帰っていった。




「…美琴」

 昨日の夜半まで、ずっと寝ないで僕に付きっきりだったらしい。


 こうして黙って寝ていると文句ない美少女なんだけど…… どう見ても中学生だよな。


「僕はロリコンじゃないと思うんだけどなぁ」

  僕の好みはどちらかというと年上の胸の大きい女性だったはずだ。なんとなくタメ息が漏れた。


「………」


 もう少ししたらこのねぼすけ吸血鬼を起こして話しをしよう。何から話したら良いのか。──美琴の体質のこと、美琴はこれからどうするつもりなのか。


 とりあえず、あのときの返事を答えることにしよう。



「お~い。起きろよ。早く起きないと二度と言わないぞ。 ――僕は美琴のことが…」


まあ、ご都合主義なところがありますが、優しい目で見て下さい。

週末にまた別の話を投稿する予定なので、気が向いたら読んで見て下さい。

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