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 翌日は雲ひとつない青空だった。


  僕は何でこんな山道を歩いているんだろう。先を歩いている美琴の背中を見て疑問に思う。連れ出した本人は理由も言わず、ずんずん進む。


 本来僕はインドア派のはずなんだけど。


「疲れた…」


 すでにへばっている僕とは対照的に美琴は涼しい顔だ。


 一時間ほど経つとやっと山の頂上に到着した。ベンチが2つ置いてありちょっとした休憩所のようになっている。


「疲れた」

 山を登る途中ずっと繰り返していた言葉が再度もれ、たまらず座り込む。

「はい」と美琴が緑色をした液体の入ったコップを差し出す。

「何これ?」

 僕が怪訝な顔していると「ただの野菜ジュースよ。毒なんて入ってないから」

 いや、別にそんな心配してないけど… 美琴があからさまに怪しい。こちらに目線を合わせないようにしてはいるが、意識をこのコップに注いでいるのが分かる。

 強引に勧められ仕方なく飲み干す。


「飲んだわね」

「飲んだけど…」


──別になんともない。


「おかしいわね」と美琴が小声でつぶやく。


 美琴が何を言おうとしているか分かった。彼女の考えていることを先回りして言った。


「──ちなみに僕はニンニク大丈夫だけど」

「うそっ、そうなの? 何で……あなたって、吸血鬼じゃないの……?」


 普通ならその言葉に驚愕するはずだが、今は疲れていてどうでも良い。


「そんな戯言いうためにこんな山の中まで連れ出したのか。別に家の中でもできる話じゃないか」

「じゃあ何者なの。あなたの気配は人間のはずがない」


 一瞬嘘をつこうかと思ったが、美琴の目は確信に満ちている。面倒になりおざなりに答える。

「ん~、一応吸血鬼だけど」


 美琴の言うとおり、楠木雅史は吸血鬼だ。…といっても血を吸ったことはない。

 いつも飲んでいるのは牛乳。こだわりはなく、本当なら飲み物なら何でも良いのだが(ある子コール以外)、栄養を考えて。固形物は意が受け付けないのか食べられない。


  マンガなどで吸血鬼が血の代わりにトマトジュースを飲んでいるシーンがあるが、それは同じなのだろうか。いつも疑問に思う。


 より正確に言えば純粋な吸血鬼ではなく、ハーフらしい。父親が吸血鬼だったという話だが、物心ついたとき既に両親は共に死別しているため詳しくは知らない。

 ハーフで血が薄れているせいか、一般に認識されているような超人的な能力は備わっていない。普通の人と比べるともしかすると逆に体力が無いかもしれない。特別な能力としてはちょっと嫌だが死体の臭いを嗅ぎ分けることが出来る。だがそれだけで日常の役には立たない。

 もちろん、不死身とか不老不死ではない。ちゃんと年をとっているし、別に太陽の下でも灰になることはない。


  現在都内の大学の3年。ほとんど一般人に埋没して人生を送っている。


「それより、何で分かるんだ」

「……わたしも吸血鬼だから」


 美琴をじ~っと見るが吸血鬼の雰囲気はしない。

 そもそも自分以外の吸血鬼に会ったことがないので分からない。

 それとも僕が鈍いだけだろうか。しかし、彼女は今太陽の下にいて平気だし、朝御飯だってモリモリ食べていた。


 美琴は僕の疑問をよそに言葉を続ける。

「S町まで行く予定だったんでしょ。何しに行くつもりだったの?」

 昨日と同じ質問。だが、今度は誤魔化していいものだろうか…。


「……」

「うちの神社が祭ってるものって知ってる?」

 僕が黙っていると、美琴はさらに口を開く。

「さぁ?」


 昨日はすぐ気を失ったし、今日は朝から美琴に連れ出され、そんなことに気づくはずもない。


「…吸血鬼よ」





      ◇  

 むかし、むかし。ある村の外れに鬼が住んでいました。彼は気が優しい鬼でした。乱暴を働くこともなく、村人たちとも仲良く暮らしていました。


 しかし、あるとき村を盗賊の一団が襲いました。彼は村人を守るため盗賊に立ち向かいましたが多勢に無勢、さすがの鬼も返り討ちにあってしまいました。


 村が荒らされる中、彼は盗賊を退けるため禁忌を犯してしまいます。

 …それは人の血を口にすること。

 彼は人の血を飲むことにより神通力(超能力のようなもの?)が使えるようになるのでした。だがその反動として、定期的に血を飲まなければその力に飲み込まれ自我をなくし、凶暴な鬼になってしまうのでした。 彼は村の娘の血を飲み、その力で盗賊を撃退することができました。

 そして村に平和が戻りました。しかし、彼は人の血を飲んだことを恥じ、二度と村人の前に現れませんでした。


 その後、彼は村の守り神、そして一方では祟り神として、祭られるようになりました。

      ◇




「その子孫がわたし。――血を飲む、人に在らざる鬼」


「ということは、両親も…」という僕の疑問に美琴は首を振る。

「いえ、私だけ…。子孫が全て吸血鬼になるわけじゃないの。両親もこのみも普通の人間」


 美琴は寂しげに登ってきた方角、神社の辺りを見下ろす。


「わたしとこのみって初対面の人には必ず双子に間違えられるの」

 それは僕も思ったことだ。三歳も年が離れているとはとても思えない。

「神社にあった昔の文献を見ると、吸血鬼って長寿みたい。だから成長が緩やかなの。もうすぐ、このみが中学を卒業するころには、このみのほうが大人っぽくなって追い抜かれるかもしれない。

 ……そしたら、吸血鬼だってことを悟られたらもうこの村にはいられなくなるかもしれない」


 確かに妹より幼かったらみんな変に思うだろう。それが即吸血鬼と結びつけることはないかもしれないが。


「だから、それまでは家族を、村のみんなを守って生きたい。危険なことがあったらわたしが全力で排除する。それが吸血鬼の力を受け継いだわたしの役目だから」


 美琴の瞳にはゆるぎない決意が秘められている。その決意が独りよがりの自分の思い込みだったとしても、僕が指摘して良いものではない。


  だから、僕が何のために来たのか知りたかったのか。だからこのみは昨晩、美琴が家族以外の人とは距離を置いてるって言ってたのか。

  ──周りに吸血鬼だと悟られないように。 ──後、1年以内に村を離れるかもしれないから。


「何で僕にそこまで話すんだ?」

「…なんとなく、よ。しいて言うなら、昨日のお詫びよ」


 琴美はくるりと振り返り、

「さて、しめっぽい話はこれでおしまい。わたしは妹の友達の子を捜している。彼女はおとといから姿を消している。多分,あなたの目的のS町の事件に関係している……」


 S町は現在届出が出ているだけで五人の行方不明者が出ている。届出の出ていない者を入れるとさらに増えるだろう。


 僕の目的はS町の調査。ある人物の依頼で行方不明者を捜しに来た。全員手がかりは皆無で、死体も出ていない。

 そこで同じく人外側の僕にお鉢が回ってきた。この手の妙な依頼は何件か受けたことがある。


 僕の役目はその人たちの身柄の確保、もしくは死体を発見すること。近くに変死している死体があればなんとなく臭いで分かる。

 依頼人は怪奇事件を追っており、人外の者による事件ではないかと懸念している。 本当に人外の者がこの件に関わっているとしたら、彼らはおそらく既に死体になっているだろう。

 しかし、それを今美琴に喋るのは憚られた。 美琴は昨日僕が気を失っている間に荷物を物色して、この事件に関する資料を見つけたようだ。


「確かに美琴ちゃんの予想視している通り、僕はS町の行方不明者を捜しにきた。だけど、その子の行方不明がS町の事件と関係あるかどうか分からない」

「彼女は正規の手段で村から出ていない。K村は良くも悪くも田舎だから、電車や自動車を使って出たのだったら誰かの目に留まる。それは無かった。別のルートを使って出た、もしくは連れ出されたはずなの。そして、ここからS町まで山を降りて三十分。電車は山を迂回して走っているから離れているように見えるけれど実際は山を挟んでK村の反対側に位置しているの」


 美琴は登ってきたのと逆側の道を指す。


「どっちにしろ、あなたには拒否権は無いの。だって、わたしの秘密を聞いちゃったんだから。それに地元民が一緒のほうが調査しやすいでしょ。それとも、一人で戻る?」


「さぁ、行くわよ」美琴は僕の腕を取り、歩き出す。

「無いなぁ」警察もいまだ手がかりのつかめていないものを捜しているのだからすぐに見つかるもはずもない。


「じゃ、戻るわよ」

「はぁっ? まさかあの山道をまた登るのか。絶対無理、死んじゃう」


 僕の必死の訴えの末、電車で戻ることになった。僕の目的地はS町なのだから、美琴だけ帰してここに泊まればよかったと気づいたのはK村についた後だった。



太陽光に当たると、灰になって死んでしまう吸血鬼が実際にいたら、どんなに強くても絶滅してそうですが。

だって、長年生きていたらちょっとしたミスで太陽光に当たるなんてありそうです。

其処んところ、どうなんでしょうね。

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