プロローグ
まだ何も始まっていません
白崎研究所は、主に医療に関わる薬品を作る会社として国内外に知名度がある。一般の研究所として世間には知られているが、大体どこの研究所でもすることに漏れず、内部で危険な人体実験を行っていた。日本国内ですることは珍しいけれど、建っていた場所が都会から離れた田舎町で、つまり勘付かれる可能性は極めて低かったことから、研究の進行スピードもそれなりに早かったよ。
白崎教授と教授助手である婦人の間に産まれた、一人娘がいてね、その子が、研究の途中で産まれたことから、二人は目をキラキラさせながら研究に引き寄せられた子供だと叫んで、喜んでいたよ。その時点でもう、私から見れば二人とも脳ミソがおかしかったから、その娘を実験に使うことはあり得なくはないと思っていたよ。止めなかったことのは仕方ないから責めないでくれ。
実際に彼らは、彼女に愛情をこれでもかと注ぎながら、同時に、他の動物が受ける実験をさせられていたのだろうね。彼女には三度会ったことがあるけれど、二度目会ったときに彼女がいたのは病室だった。綺麗でまっさらで清潔なベッドの上に横たわる包帯だらけの三歳児を見たことがあるかい。あれは壮絶だよ、なんか腐臭してたしね。けれど夫婦は顔色ひとつ変えず、実験が成功したとか、次はあれをしようとか、思ったより元気そうだったよ。
ちなみに実験内容は後に軍部の知り合いが教えてくれたが、軍事兵器の開発だったらしいね。つまりそう、肉体強化とか、現実問題ならその辺りだと思うのだけれど。研究好きで割と破壊衝動にも富んでいた彼らの脳ミソから察するに、破壊光線が口から出る人間ってのも考えていたんじゃないかな。無い話ではないよ、これもね。
あ、さっき「後に」、て私が言ったのは、この白崎研究所がもう過去のものとなっているからなんだよ。過去、つまり分かり易く言えばもう「無い」、てこと。確かあれは、娘が十歳になった誕生日の、その次の日だったかな。一夜にして炎上、研究資料は誰かが持ち逃げしててもう無かったとかなんとか、その軍部の知り合いは言ってたね。夫婦の死体は黒コゲで見るに堪えないものだったらしいよ。残念だよね、性格云々は置いておくとして、夫婦は世間に大いに貢献していたのに。
娘の死体は、驚くことに出てこなかったらしいよ。軍部の結論として、彼女がどこに行ったのか、それは謎で、資料も彼女が持っているのかもしれない、程度の判断らしいよ。というのも、彼女の詳細すらほとんど軍部には出ていないらしくてね。なぜかは彼女の両親しか知らないよ、きっとね。そういうことにしておいてあげないと話が終わらないだろう。仮説と思想だけで進めていいのは物語だけだからね。
それでも、白崎夫婦と僅かな交流があった私ならば、分かるような彼女の情報がいままでの話と、もう二つある。
名前と、容姿だ。重要な手掛かりだよね。
勿体ぶったりしないで教えてあげるよ。彼女の姓は白崎、名は亜子。
いまはどんな名前で過ごしているのか知らないけれど、生きていれば十六になっていると思うよ。三回、それも彼女が四歳になるまでのそれくらいしか知らないから、ほとんど手探りの情報だけれど。肌は、日本人特有の黄色の中でも薄く白に近いくらいだったかな。髪は真黒。墨を溶かし込んだように澄んだ黒髪。綺麗な顔立ちだと思うよ。
ん、料金はこれくらいだよ。それでもいいかい。本当に、彼女を探すのかい。
……いいかい、もう一度言うよ。
彼女は人体実験を繰り返されてきた。それも軍事兵器開発のためのものだ。いま彼女がどのような状態か、憶測と推測と仮説と思想だけで、物語調に言葉にすると、「化け物」だよ。それ以外に言葉が思いつかない。私のボキャブラリーが少ないことも要因だけれど、まあそれは置いておくとして。
それでもいくのかい。
それでも、彼女が欲しいのかい。