リトル・ガール・ブルー 2
「ねえ、何をしてるの?そんな所に居たら日射病か熱中症にかかっちゃうわよ?どこか影に入りましょうよ」
僕は彼女の声には答えず。何か他のことを考えていた。何について考えていたのかよくわからない。あるいはそれはただの漠然とした、考える、という行為なのかもしれない。
僕は彼女を無視したわけではなかった。(ねえ、何をしてるの?そんな所に居たら日射病か熱中症にかかっちゃうわよ?どこか影に入りましょうよ)彼女は僕を急かしているわけではない。彼女が影に入りたいのなら、勝手に影に入りに行けばいい、影はそこら中にある。そして僕はそれでも敢えてここに座ったのだ。おそらく彼女も僕のそういった行動を理解している。要するに彼女は優しいのだ。(どこか影に入りましょうよ)僕のことを心配し、誘ってくれた。僕にはその言葉の中にある彼女の意思がわかっている。
僕にはわかっている。彼女は優しく、清々しく、朗らかだった。時には怒ったり泣いたりすることもあった。だけど彼女は賢かったから、僕には彼女が何故怒り、泣いているのかということがわかった。それほどひどい喧嘩をしたことはなかった。お互いがお互いを傷付けたくなかったのだ。だから僕らは、どんな時でも歩み寄ろうとした。お互いを理解しようとした。理解すればまた知らない部分が顔を見せた。だけど僕らはそういったものをうまく処理し、同じ時間を過ごし、あるいは楽しんでいたのかもしれない。それは困難を乗り越えるというような挑戦的な満足ではなかった。いつの間にかそこにある幸せを感じ取ることが僕達には出来ていたのだ。
僕達は互いに同じ方向を見つめ合っていた。
だから僕には分かっていた。彼女は僕を愛していた。僕も彼女を愛していた。愛している。
(ねえ、何をしてるの?そんな所に居たら日射病か熱中症にかかっちゃうわよ?どこか影に入りましょうよ)
わかってる。僕は彼女の言葉を無視したわけではない。だけど僕には言わなければ、訊かなければいけないことがあるのだ。だからその言葉に耳を傾けることはできないのだ。
僕の目からこぼれ落ちた液体は、夏の太陽に晒されて乾ききった地面に潤いを与えた。砂の上には小さなシミがぽつぽつと増えていった。
僕は膝の上で左手の手首を握った。かなり力強く握っていたが、その行為にどんな意味があるのか、僕にはわからなかった。
蝉は相変わらずやかましい合唱を続けていた。だがやがてその合唱は完全な背景のように空気に同化し、調和のない静寂を創りだした。耳の奥に数多の蝉の鳴き声が反響する。だがそれは同時に絶対の静寂だった。そして僕の言葉はその静寂に溶けこんでしまいそうなほど弱々しかった。あるいは蝉の合唱が僕の声を鈍く形のはっきりしないものにしてしまっているのだ。
「ねえ」
僕はやっと薄いブルーのワンピースに目を向けることができた。白い帽子はやや斜めを向いている。彼女は空を見上げているのだ。
「ねえ、君はもう、死んでるんだろ?」