リトル・ガール・ブルー 1
ベンチに腰掛けて、蝉たちの声を聞いていた。この公園の木々にいったいどれくらいの数の蝉がいるのだろうと僕は想像してみた。だけど具体的な数を思い浮かべるのにはいささか暑すぎて、結局僕はその結論に達することができなかった。
暑い夏だ。それは僕にじっとりとした汗をかかせた。だけど、その汗は僕の体にべっとりと纏わり付くだけで、決して流れ落ちることはなかった。体の内部の温度をじりじりと上げる熱とは別に、僕の体の表面を照らす日光は攻め立てるように僕の肌を焼いた。そこには熱さとは別の種類の小さな痛みのようなものがあった。
僕にはその体の火照りや痛みを、何となく現実の肉体ではない、他の世界の僕の肉体に与えられているようなものに感じられた。それは季節の変わり目に訪れる懐かしい思い出のようなものだ。僕はいつかの、暑すぎる夏の中にいる僕にその火照りや痛みを移したのだ。
蝉たちが鳴き止む気配は全くなかった。蝉はこのまま永遠に鳴き続ける。その永遠の中に僕は取り込まれ、同化させられてしまう。そんな気がしたが、その想像も、揺らぎのない煙のようなもので、公園の掲示板の脚にくくり付けられた犬のあくびによってかき消された。そんな些細なことですら、僕の思考を一瞬にしてかき消してしまう。何かを考えるのには暑すぎるし、蝉の鳴き声はうるさすぎるのだ。
犬はひどく退屈そうにしていた。掲示板が作った極僅かな影の中に横たわり、舌を出して、さも暑そうにしていた。短いものとはいえ、あれだけの体毛に包まれていては、彼が感じる暑さは僕よりはるかにひどいものだろう。
白い帽子に薄いブルーのワンピースを着た女の子がその犬の前に腰をおろし、犬の頭を撫でていた。だけど犬は何の興味も無さそうに虚空を眺めていた。彼女に撫でられるのを喜んでも嫌がってもいないようだった。あるいは犬がそういう反応をするには、暑すぎるのかもしれない。蝉はやはり際限なくまだその合唱を続けている。
やがて女の子は虚空を見つめ続ける犬に飽きたのか―あるいは何かしらの反応をしてくれることを諦めたのか―僕の方を向いてニッコリと微笑んだ。実際にはそれはただ太陽が眩しかっただけなのかもしれない。だけど僕にはその表情が笑顔に見えた。とても綺麗な、まるで暑さを感じさせないような笑顔だった。
彼女は右手で帽子を抑えながら小走りで僕の方に向かってきた。
ときおり、この暑すぎる夏の気温よりは遥かに快適な風が吹いた。だがそれは決して涼しいと言えるものではなかった。この風がもし大して熱くない日に吹いたなら、それは温風か、悪くて熱風と呼ばれることは間違いなかった。夏の太陽は本当に、何もかもの熱を増幅させているのだ。
女の子は僕の隣に座って僕の顔を覗き込んだ。彼女の肌は全く日焼けしていなかった。透き通るような白い肌は、彼女の肉体が、どこか別の世界の彼女の肉体と取り替えたようなものに見えた。別の世界からとってきた彼女の肉体に、彼女の精神やら思考やらが詰め込まれているのだ。それぐらいに彼女の肌の白は綺麗で、同時に暑い夏には場違いな気がした。
彼女は僕の左隣から、僕の目を覗き込んだ。だが僕は彼女と目を合わせなかった。僕は右手を前に出し、じっと手のひらを見つめてみた。美しくも醜くもなかった。手のひらにはきっちりと太陽の熱が感じられた。僕には想像もできないほど遠い場所からこの熱は運ばれてきたのだと僕は思った。僕の右手はちゃんとそれを確認できるし、受け止めている。
僕はどうなのだろう。僕の精神はきちんと僕の中にあるのだろうか。思い、考える自分がどこか遠くの別の場所にあって、この手のひらのように、肉体がそれを確認し、受け止めているのではないかと思った。
だけど、そんなことはありえない。僕はここにいるし、僕の肉体の中にいる僕自身が考え、思っているのだ。