第九章「奪還」
空が、重かった。
昼だというのに光は鈍く、
街全体がどこか沈んでいる。
「……来てる」
ルミナが呟く。
カイゼルも同じ気配を感じていた。
見られている。
どこからか。
確実に。
「……動くぞ」
その言葉と同時に――
空間が裂けた。
黒い歪み。
そこから現れる影。
複数。
前回とは明らかに違う。
圧。
格が違う。
「……やっと見つけた」
低い声。
黒装束の男。
その背後に、さらに二人。
そして――
その“奥”。
見えないが、確実にいる。
もっと上の存在。
「お前が、例の“異端”か」
視線が突き刺さる。
カイゼルは動かない。
ただ前に出る。
ルミナを、背に隠す。
「……関係ない」
短く言う。
だが男は笑う。
「関係ある」
一歩踏み出す。
「お前じゃない」
その指が向く先。
――ルミナ。
「その女だ」
空気が凍る。
「……っ」
ルミナの手が震える。
「……どういう意味だ」
カイゼルの声が低くなる。
男は面白そうに言う。
「気づいてねぇのか?」
「そいつ、ただの人間じゃねぇ」
その一言。
核心。
「神の干渉を受けてる存在」
ルミナの目が揺れる。
「……やっぱりな」
男が笑う。
「“鍵”だ」
その言葉。
意味は分からない。
だが――
危険だけは、理解できる。
「渡せ」
その一言。
命令。
「断る」
即答。
迷いはない。
男はため息をつく。
「そう来るよな」
次の瞬間。
空気が裂ける。
攻撃。
速い。
カイゼルが反応する。
斬る。
弾く。
だが――
後ろ。
「……え?」
ルミナの声。
別の影。
接近。
掴まれる。
「ルミナ!!」
カイゼルが叫ぶ。
だが遅い。
引き離される。
「やめて!」
ルミナの手が伸びる。
届かない。
距離が開く。
「……離せ」
低い声。
カイゼルの中で、何かが切れる。
「その顔」
男が笑う。
「いいな」
「守りたい顔だ」
挑発。
だが――
もう関係ない。
「返せ」
空気が変わる。
完全に。
魔力が溢れる。
だが今回は――
止まっている。
制御されている。
怒り。
だが、冷たい。
「……ああ」
男が理解する。
「それが“本気”か」
カイゼルが一歩踏み出す。
地面が沈む。
「行くぞ」
その瞬間。
消える。
次の瞬間。
目の前。
斬撃。
一人、崩れる。
二人目。
間に合わない。
吹き飛ぶ。
「……速すぎる」
男が舌打ちする。
だがルミナを掴んだまま。
「止まれ」
カイゼルが言う。
その声には――
絶対的な圧があった。
「一歩でも動いたら」
視線。
「殺す」
静かに。
確実に。
男の背筋が凍る。
だが。
「……面白ぇ」
笑う。
「やってみろ」
その瞬間。
カイゼルが踏み込む。
――速い。
限界を超えている。
「っ!?」
男が反応する。
だが間に合わない。
腕。
斬る。
血。
ルミナが落ちる。
「カイゼル!」
抱き止める。
その瞬間。
完全に戻る。
「……大丈夫か」
声が、戻っている。
ルミナが頷く。
「うん……」
だが震えている。
その姿を見た瞬間。
カイゼルの中で、何かが確定する。
(……違う)
今までとは。
「……もういい」
静かに言う。
男が構える。
だが。
遅い。
カイゼルの姿が消える。
そして。
――終わる。
一撃。
すべてが静まる。
残ったのは、沈黙だけ。
男は倒れたまま、かすかに笑う。
「……やっぱりな」
血を吐きながら。
「完全に……覚醒してやがる」
そして。
「もう、止まらねぇぞ」
その言葉を残し――
動かなくなる。
静寂。
ルミナが、カイゼルの服を掴む。
「……怖かった」
小さな声。
カイゼルは一瞬、目を閉じる。
そして。
「……悪かった」
初めての言葉。
謝罪。
ルミナは首を振る。
「違う」
涙を浮かべながら。
「来てくれて、嬉しかった」
その言葉。
胸に深く刺さる。
「……当たり前だ」
カイゼルが言う。
今度は迷いなく。
「お前は、守る」
その一言。
それがすべてだった。
理由も、使命もいらない。
ただ――
失いたくない。
「……うん」
ルミナが笑う。
その笑顔を見て。
カイゼルは確信する。
(……これでいい)
世界じゃない。
神でもない。
ただ一人。
守るべきものは、決まった。




