表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/12

第八章「境界線」

森の奥は、異様な静けさに包まれていた。


風が止まっている。


音がない。


「……おかしい」


ルミナが小さく呟く。


カイゼルも、すでに気づいていた。


気配がある。


だが――


重すぎる。


まるで空間そのものが歪んでいるような圧。


「来る」


その瞬間。


地面が揺れた。


轟音。


木々が軋み、裂ける。


現れたのは――


異形。


低級魔物とは明らかに違う。


黒い体躯。

歪んだ四肢。

濁った魔力が、全身から溢れている。


「……強い」


ルミナの声が震える。


それは本能的な恐怖。


だが、カイゼルは一歩前に出る。


「下がってろ」


低く言う。


「でも――」


「いいから」


振り返らない。


ただ、前を見る。


その背中が――


あまりにも遠い。


魔物が咆哮する。


空気が震える。


次の瞬間。


突進。


速い。


だが――


カイゼルの方が速い。


踏み込む。


斬る。


――弾かれる。


「……っ」


手応えがない。


硬い。


それだけじゃない。


再生している。


傷が、瞬時に閉じる。


「……面倒だな」


感情のない声。


再び突進。


回避。


斬撃。


無効。


繰り返し。


「カイゼル!」


ルミナが叫ぶ。


「任せろ」


だがその声に――


温度がない。


ただの事実。


ただの処理。


(……違う)


ルミナの胸が締めつけられる。


(このままだと……)


魔物の攻撃が迫る。


カイゼルは受ける。


――踏みとどまる。


だが。


地面が割れる。


「……邪魔だ」


その一言。


次の瞬間。


空気が変わった。


魔力が膨れ上がる。


制御されていない。


溢れる。


「カイゼル……?」


ルミナの声が揺れる。


彼の背中。


そこから感じるものが――


違う。


人ではない。


「……足りない」


カイゼルが呟く。


「こんなものじゃ」


声が低い。


重い。


「足りない」


その瞬間。


彼の瞳が、変わる。


光が消える。


代わりに――


深い闇。


「……っ!」


ルミナが息を呑む。


魔物が突っ込む。


だが――


カイゼルは動かない。


ただ、立つ。


そして。


――消える。


次の瞬間。


魔物の背後。


拳。


叩き込む。


衝撃。


空間が歪む。


魔物の身体が吹き飛ぶ。


木々を薙ぎ倒しながら。


「……は?」


ルミナの声が漏れる。


だが終わらない。


カイゼルが追う。


速い。


見えない。


斬る。


殴る。


壊す。


完全な暴力。


「……違う」


ルミナが一歩踏み出す。


「それじゃ……ダメ」


だが届かない。


カイゼルは止まらない。


魔物はすでに動かない。


だが――


攻撃が止まらない。


「カイゼル!!」


叫ぶ。


届かない。


(……このままじゃ)


理解する。


これは覚醒じゃない。


暴走。


完全に“境界”を越えている。


「やめて……!」


走る。


怖い。


それでも止まらない。


「やめて!!」


背中に手を伸ばす。


触れる。


その瞬間。


――凍るような感覚。


冷たい。


深い。


底の見えない闇。


「……誰だ」


カイゼルの声。


振り返る。


その目。


別人。


「……カイゼル」


名前を呼ぶ。


震えながら。


「戻ってきて……」


その言葉。


一瞬だけ。


ほんのわずかに。


瞳が揺れる。


だが――


「……必要ない」


冷たい声。


「弱いものは、いらない」


その一言。


ルミナの胸が締めつけられる。


(……違う)


それは彼じゃない。


「違うよ」


一歩、近づく。


恐怖を押し殺して。


「それは、あなたじゃない」


「……」


沈黙。


だが、圧は消えない。


「あなたは――」


言葉を選ばない。


まっすぐに。


「優しい人だよ」


その瞬間。


空気が揺れる。


ほんの一瞬。


確かに。


「……違う」


だが否定する。


「俺は」


言葉が止まる。


続かない。


「……分からない」


初めて。


迷いが出る。


ルミナは、もう一歩踏み込む。


そして――


抱きしめた。


「っ……!」


驚き。


だが、離れない。


「大丈夫」


震えながらも、強く。


「私は、ここにいる」


その温もり。


確かな感触。


「ひとりじゃない」


その言葉。


何度も、何度も。


重ねる。


「……」


沈黙。


長い、長い時間。


そして。


ゆっくりと。


カイゼルの力が抜ける。


「……ルミナ」


名前が、戻る。


瞳に、わずかに光が戻る。


「……ああ」


小さく、息を吐く。


魔力が収まる。


静寂が戻る。


ルミナは、ゆっくりと離れる。


だが手は離さない。


「……戻ってきた?」


不安な声。


カイゼルは少しだけ目を伏せる。


「……分からない」


正直な答え。


だが。


「でも」


ルミナを見る。


「お前がいる」


それだけで。


「……戻れる気がする」


ルミナの目が揺れる。


そして、笑う。


「うん」


小さく、でも確かに。


その瞬間。


境界線は、越えなかった。


人であること。


異端であること。


その狭間で――


彼は、まだ“こちら側”にいる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ