第六章「暴かれる関係」
夜。
街は静かだった。
だがその静けさは、どこか不自然だった。
「……変だ」
カイゼルが立ち止まる。
隣のルミナも、周囲を見回す。
「うん……人、少ないね」
普段なら灯りが並び、人の声が絶えない通り。
それが、今は妙に静まり返っている。
風だけが通り抜ける。
そのとき。
――気配。
「来る」
低く呟いた瞬間。
屋根の上から影が落ちる。
着地。
音もなく。
黒い外套の男。
そして、その後ろからさらに二人。
三人。
ただの盗賊ではない。
「……見つけた」
男が呟く。
その視線は、まっすぐカイゼルへ。
「カイゼル・ノクス」
名前を呼ばれる。
その瞬間――
空気が変わる。
「……誰だ」
カイゼルの声は冷たい。
だが内側では、確かに警戒が走っていた。
「忘れたか?」
男がフードを外す。
その顔。
見覚えがあった。
「……お前は」
かつての仲間。
あの任務で、彼を切り捨てた一人。
「生きてたのかよ」
軽い口調。
だがその目には、明確な敵意。
「しぶといな、ほんとに」
後ろの二人が笑う。
「でもまあ、都合がいい」
「なに?」
ルミナが小さく呟く。
男は視線を彼女に向ける。
一瞬だけ。
そして、すぐに戻す。
「お前、あのあと“何した”?」
その問い。
ただの確認ではない。
「……どういう意味だ」
カイゼルの声が、わずかに低くなる。
男は一歩踏み出す。
「魔物を一瞬で斬り伏せたって話、聞いたぜ」
空気が張り詰める。
「しかも、あのレベルじゃねぇ動き」
さらに一歩。
「普通の勇者候補にできることじゃない」
沈黙。
そして――
「お前、何を手に入れた?」
その言葉は、確信に近かった。
ルミナの手が、わずかに強く握られる。
カイゼルは答えない。
ただ、視線を返す。
「……関係ない」
短く言う。
だが男は笑う。
「あるんだよ」
その目が、鋭く細められる。
「“上”が興味持ってんだ」
その瞬間。
空気が変わる。
「上……?」
ルミナが呟く。
男は軽く肩をすくめる。
「神様ってやつだよ」
その一言。
――重い。
見えない何かが、確かに動いている。
「お前なぁ」
男が指を向ける。
「普通じゃないんだよ、もう」
「……」
「死にかけて、生き返って、異常な力」
笑う。
「そんなの、目立たないわけねぇだろ」
ルミナが一歩前に出る。
「やめて」
その声は小さいが、はっきりしていた。
「これ以上、関わらないで」
男は一瞬だけ驚いた顔をする。
そして、すぐに笑う。
「へぇ」
「守る気か?」
視線が変わる。
今度は明確に、ルミナへ。
「そのガキ、何者だ?」
「……」
ルミナは答えない。
だがその沈黙が、逆に答えになっていた。
「なるほどな」
男が低く笑う。
「お前だけじゃねぇってわけか」
次の瞬間。
空気が裂ける。
魔力。
背後の二人が一斉に動く。
「――来る!」
ルミナの声。
同時に、カイゼルが前に出る。
一瞬。
踏み込み。
斬撃。
一人。
崩れる。
二人目。
振り抜く。
だが――
止められる。
男が剣を受け止めていた。
「やっぱりな」
笑う。
「おかしいと思ったぜ」
力がぶつかる。
火花が散る。
「その力……」
男の目が、興味に染まる。
「人間じゃねぇ」
その言葉。
確信。
「やっぱり、何か混ざってるな」
ルミナが叫ぶ。
「カイゼル!」
その声。
一瞬だけ、意識が引き戻される。
(……まずい)
感情が、薄くなる。
戦いに入るほどに。
「……下がってろ」
低く言う。
「でも――」
「いいから」
短く、強く。
ルミナは言葉を飲み込む。
その瞬間。
カイゼルの動きが変わる。
速い。
一線を越えた速度。
男の視界から消える。
「――っ!?」
次の瞬間。
背後。
斬撃。
男が吹き飛ぶ。
地面を転がる。
血。
「……はは」
それでも笑う。
「やっぱり、面白ぇな」
立ち上がる。
だが無理はしていない。
「今日はここまでだ」
仲間を引きずりながら後退する。
「逃げるのか」
カイゼルが言う。
男は振り返る。
「違う」
その目が光る。
「“知らせる”だけだ」
その言葉。
不穏。
「お前のこと、もう隠せねぇ」
一歩、下がる。
「次はもっと面白くなるぜ」
そして――消える。
静寂。
重い沈黙。
ルミナがゆっくり近づく。
「……大丈夫?」
「……ああ」
だが、その声はわずかに揺れていた。
(……バレた)
完全ではない。
だが確実に。
何かが動き始めている。
神。
監視。
興味。
すべてが、こちらを向き始めた。
「カイゼル」
ルミナがそっと手を取る。
「大丈夫」
その言葉。
だが今度は――
少しだけ、不安が混じっていた。
カイゼルは空を見上げる。
暗い夜。
だがその奥で。
確かに何かが――
見ている。




