第二章「孤独の中の光」
冷たい風が、頬を刺す。
石畳の隙間に身を沈めるようにして、カイゼル・ノクスは目を閉じていた。
夜の街は静かだった。いや――静かすぎた。
誰も、彼を見ようとしない。
通り過ぎる人々の足音。
笑い声。
酒場から漏れる楽しげな音。
それらすべてが、自分とは無関係の世界のものに感じられた。
(……生きている)
それだけが、事実だった。
身体は重い。
だが、致命傷だったはずの傷は塞がっている。
竜の血。
あの存在との邂逅が、すべてを変えた。
だが――
(だから、どうした)
仲間はいない。
居場所もない。
手のひらを見つめる。
力はある。
以前とは比べものにならないほど。
だがそれは、温もりではない。
何も満たさない。
腹の奥が空洞のように冷えている。
飢えと、空虚。
「……くだらないな」
自分でも驚くほど、感情が薄い。
怒りも、悲しみも、どこか遠い。
ただ事実だけが残る。
――自分は捨てられた。
それだけ。
ゆっくりと立ち上がる。
足元がふらつく。
だが、倒れはしない。
死なない身体。
それが、今の自分だった。
そのとき――
「……大丈夫?」
声がした。
静かで、柔らかい声。
カイゼルは視線を向ける。
そこにいたのは、一人の少女だった。
小柄で、細くて、今にも消えてしまいそうなほど儚い。
だが、その瞳だけは、まっすぐだった。
光を宿している。
「……誰だ」
警戒も、敵意もない。
ただの確認。
少女は少しだけ困ったように笑った。
「ルミナ。ルミナ・セレスティア」
その名は、どこか不思議と耳に残った。
「あなた……ずっとここにいたよね」
「関係ない」
短く答える。
だが少女は離れない。
むしろ一歩、近づいた。
「関係あるよ」
その言葉に、ほんのわずかに違和感を覚える。
普通なら、関わろうとしない。
自分のような存在に。
「……なんでだ」
問いかける。
意味のない質問のはずだった。
だが少女は、迷いなく答えた。
「放っておけないから」
その一言。
それだけで――
なぜか胸の奥が、わずかに揺れた。
理解できない感覚。
(……なんだ、これは)
少女はさらに近づき、膝をついた。
「怪我、まだ完全じゃないよね」
手を差し出す。
淡い光が宿る。
「やめろ」
反射的に手を払う。
だが少女は怯まない。
「大丈夫。怖くないよ」
そう言って、もう一度手を伸ばす。
その仕草は、あまりにも自然で――
まるで最初から、そうすることが決まっていたかのようだった。
「……なんで」
気づけば、同じ言葉を繰り返していた。
少女は少しだけ目を伏せて、そして笑う。
「私ね――あなたを助けるために来たの」
静かな声。
嘘ではないと、直感で分かる。
「……意味が分からない」
「うん。でもいいの」
少女はまっすぐに彼を見る。
逃げることなく。
恐れることなく。
「あなたがどんな存在でも」
一歩、距離を詰める。
「私は、そばにいる」
その言葉は――
あまりにも、軽くて。
あまりにも、重かった。
世界中が否定した存在を、
たった一人、肯定する言葉。
「……馬鹿か」
吐き捨てるように言う。
だが声に、わずかな揺れが混じる。
少女は首を振った。
「そうかもしれないね」
そして、優しく続ける。
「でも、それでもいい」
静かに、そっと。
手を重ねる。
今度は、払えなかった。
温かい。
その感覚だけが、はっきりと伝わる。
「……大丈夫」
少女は、もう一度言った。
「ひとりじゃないよ」
その瞬間。
カイゼルの中で、何かがわずかに動いた。
凍りかけていた心の、ほんの一部。
小さな、小さな変化。
だが確かに――
それは“光”だった。




