最終章(前編)「選択の果て」
空が、裂けた。
黒。
ただの闇ではない。
意思を持った“終わり”が、空を侵食していく。
――暗黒龍。
その姿は、巨大という言葉すら軽い。
空そのものを覆い尽くす存在。
世界が、震えていた。
「……来たか」
カイゼルは見上げる。
隣には、ルミナ。
その手を、離さない。
「……すごい」
ルミナの声は震えていた。
恐怖。
だが、それでも立っている。
「逃げるか?」
カイゼルが問う。
ルミナは、首を振る。
「……一緒にいる」
その答えに、迷いはない。
カイゼルは、わずかに目を細める。
「そうか」
そのとき――
空間が歪む。
光。
そして現れる、存在。
人の形をしている。
だが――
違う。
圧倒的な“上位”。
「……神か」
カイゼルが呟く。
九柱の一柱。
いや――
その“意思”そのもの。
「選ばれし器よ」
声が響く。
直接、頭に。
「お前は今、選ぶ時にある」
空気が止まる。
ルミナが息を呑む。
「その力」
神が言う。
「完全に解放すれば、暗黒龍を滅ぼせる」
カイゼルは黙って聞く。
「だが」
一拍。
「その瞬間、お前は人ではなくなる」
沈黙。
世界が止まったような感覚。
「神でも竜でもない」
「ただの“力”となる」
それは――
存在の消失。
「もう戻れない」
その言葉。
重い。
ルミナが、カイゼルの手を強く握る。
「……もう一つ」
神が続ける。
「力を抑えたまま戦えば」
「お前は人のままでいられる」
だが。
「暗黒龍には届かない」
世界は、終わる。
「選べ」
静かに告げる。
「世界か」
一瞬。
間。
「その少女か」
その言葉。
すべてが、そこに集約される。
ルミナの手が震える。
「……カイゼル」
小さな声。
だが。
「いいよ」
微笑む。
「私は、大丈夫」
その言葉。
強がりだと分かる。
それでも。
「あなたが決めて」
まっすぐに言う。
涙をこらえながら。
「あなたが選ぶなら」
どんな結果でも、受け入れる覚悟。
カイゼルは、静かに目を閉じる。
(……分かっている)
何が正しいか。
世界を救うなら。
答えは一つ。
だが。
――思い出す。
パンの味。
夕焼け。
名前を呼ばれる声。
「大丈夫」
その言葉。
何度も。
何度も。
繰り返された。
(……ああ)
理解する。
これは、簡単な話だ。
「……決めた」
目を開く。
神を見る。
「力は使う」
ルミナが息を呑む。
だが。
「全部は使わない」
その言葉。
神の目が、わずかに揺れる。
「……ほう」
「中途半端では、届かぬぞ」
「分かってる」
カイゼルは一歩前に出る。
「だから――」
振り返る。
ルミナを見る。
「一緒に戦う」
その言葉。
ルミナの目が大きく開く。
「……え?」
「お前の力を貸せ」
まっすぐに言う。
「俺は、人でいる」
「それでも、勝つ」
無茶だ。
理屈では不可能。
だが。
ルミナは、笑った。
涙を浮かべたまま。
「……うん」
その一言。
迷いはない。
「一緒に戦う」
手を握る。
強く。
その瞬間。
何かが、繋がる。
力だけじゃない。
意志。
心。
すべてが。
神が、静かに言う。
「……愚かだ」
だが。
その声に、わずかな期待が混じる。
「だが――」
「見せてもらおう」
空が震える。
暗黒龍が咆哮する。
世界が揺れる。
カイゼルは剣を構える。
ルミナが、その背に手を当てる。
光が宿る。
「行くぞ」
「うん」
その一歩。
それが――
すべての始まり。




