父さんは心配性、娘はジュニア冒険者。 今日の任務は日本を少しだけ良くすること。
土曜の朝。
本来なら隆太は、ソファでだらだらしながらネット動画でも見ていたはずだった。
――の、はずだった。
「父さん急いで! クエスト、取れたよ!」
10歳の娘――メグが、部屋のドアを開けた瞬間、弾丸みたいに飛び込んできた。
胸元のジュニア冒険者証が、朝の光を跳ね返す。
「お前なぁ……父さん今日はゆっくり――」
「“見守り役ならやってもいい”って言ったのは父さんだよ?」
「あれはニュアンス的に“気分次第”というやつで……!」
冒険者アプリにはクエスト一覧が並んでいる。
・保育園食材の下処理
・福祉施設での移動補助
・教材づくりのサポート
・港湾の漂着ゴミ回収
――戦う依頼は一つもない。
2040年の日本で「冒険者」とは、社会インフラの穴を埋める人々のことだ。
「おはようございます」
依頼主の坂上さんが、端末の依頼内容を示す。
「今日お願いしたいのは“横浜市北部里山の水質変動調査”です。
昨日の大雨後から濁りと異臭の報告がありまして」
「異臭って時点で帰りたいんだが」
「父さん、冒険ってこういうのだよ!」
「いや父さんは冒険者じゃなくて一般市民だって……!」
坂上さんは苦笑しつつ続けた。
「危険性は低いです。
ただ、自治体スタッフだけでは手が回らず……」
メグは胸を張る。
「まかせて! メグ、気合入ってるから!」
「……帰れないやつか、これ」
こうして父娘の“社会をちょっと直す冒険”が始まった。
***
横浜北部の里山は、都市近郊とは思えない静けさだった。
「メグ、足元滑るぞ」
「父さんこそ気をつけて!」
案内役の自治体スタッフ・小林さんが説明する。
「この先の小川が、昨日の夜から濁水になっていまして。
上流に工場も農家もなく、違法投棄の形跡もありません」
「じゃあ大雨で土砂が?」
「成分が少し違うんです。自然の濁りと一致しない箇所があって……」
小川に辿りつくと、たしかに濁りは不自然だった。
水面に油膜のような揺らぎがある。
メグが鼻をひくひくさせる。
「なんか……土と、油? 混ざってるみたいなにおい」
「油?」
隆太は前のめりになる。
「それ、ガソリンっぽくないか?」
「うん、ガソリンスタンドでかいだ臭いに似てる!」
小林さんは目を丸くした。
「しかし、この付近にはガソリンを扱う施設はありません。車もほとんど通らないはずで……」
その時、メグが丘の斜面を指差した。
「あそこ。あそこの地面だけ色が違うよ!」
近づくと、草地が四角く沈んでいた。
踏みしめると、わずかに空洞を感じる。
……これは、昔の住居跡か?
自治体データを照合すると、小林さんが驚いた声を上げた。
「空洞反応があります……ですが記録がない……!」
「たぶん、20〜30年前に誰かが住んでいた民家の残置物だな」
隆太が呟く。
過疎化が進み、維持ができず取り壊された“無届けの家屋”は全国に無数にある。
三人は慎重に地表を薄く掘る。
そして現れたのは――
赤く錆びた金属ケース。持ち手。給油口。
「これ……!」
「民家用のガソリン式ポータブル発電機だな」
隆太は確信を持って言った。
「過疎化した山村の一軒家で、生活用に使われてたやつだ。
撤去の過程で壊れて、埋め立てられたんだろう」
「じゃあ、ガソリンが……?」
「タンクの破損で少しずつ染み出して、昨日の大雨で一気に流れたんだ」
メグが神妙に頷く。
「……じゃあ、水がにごった原因、これなんだね」
「メグが匂いで気づかなかったら、もっと流れ込んでたかもしれん。
すごいぞ、メグ」
頭をぽんと撫でると、娘は照れ笑いを浮かべた。
掘り出しかけの発電機はひどい状態だった。
外殻は腐食し、燃料タンクは完全に割れ、内部エンジンも固着している。
ただ――
「フレームや巻線は資源になるな。自治体のリサイクルセンターで分解すれば使える」
「そうなの?」
「ああ。“社会の役に立つ遺物”ってやつだな」
三人は、発電機を今すぐ掘り出すのはやめ、
位置情報・状態・周囲の汚染量を正確に記録した。
「メグ、今日は確認までだ。
回収は“別のクエスト”として専門の人たちが来るからな」
「うん! それがいいね。メグが持ったら転びそうだし!」
「父さんも絶対転ぶ自信ある」
「えー、そんな弱気なの!?」
「弱気じゃなくて現実だよ!」
三人の笑い声が、里山に響いた。
***
自治体スタッフがギルドに報告を送る。
「メグさん、お父さん。今日は本当にありがとうございました」
「はい! メグね、こういうのワクワクする!」
「……父さんは異臭ポイントで心折れかけたけどな」
「大丈夫! メグが守るから!」
「いや逆! 父さんが守る側だから!」
歩きながら、メグが空を見上げて言った。
「ねぇ父さん。
壊れた発電機みたいに、忘れられたものを見つけて、
未来にちゃんとつなぐのって……なんか、冒険っぽいね!」
隆太はしばらく黙って、それから笑った。
「……そうだな。
冒険ってのは“誰かが見落とした問題に気づくこと”かもしれん」
「じゃあ今日のメグ、冒険者だった?」
「うん。文句なしの百点満点だった」
「えへへへへ!」
二人の笑い声が、夕暮れの里山に吸い込まれていった。
魔法はない。
モンスターもいない。
だけど、社会のほころびはどこにでもある。
それを見つけて、誰かが直す。
その“誰か”が――冒険者だ。




