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父さんは心配性、娘はジュニア冒険者。 今日の任務は日本を少しだけ良くすること。

作者: 優湊
掲載日:2026/01/20

挿絵(By みてみん)

 土曜の朝。

 本来なら隆太(りゅうた)は、ソファでだらだらしながらネット動画でも見ていたはずだった。


――の、はずだった。


「父さん急いで! クエスト、取れたよ!」


 10歳の娘――メグが、部屋のドアを開けた瞬間、弾丸みたいに飛び込んできた。

 胸元のジュニア冒険者証が、朝の光を跳ね返す。


「お前なぁ……父さん今日はゆっくり――」


「“見守り役ならやってもいい”って言ったのは父さんだよ?」


「あれはニュアンス的に“気分次第”というやつで……!」


 冒険者アプリにはクエスト一覧が並んでいる。


・保育園食材の下処理

・福祉施設での移動補助

・教材づくりのサポート

・港湾の漂着ゴミ回収


 ――戦う依頼は一つもない。


 2040年の日本で「冒険者」とは、社会インフラの穴を埋める人々のことだ。


「おはようございます」


 依頼主の坂上さんが、端末の依頼内容を示す。


「今日お願いしたいのは“横浜市北部里山の水質変動調査”です。

 昨日の大雨後から濁りと異臭の報告がありまして」


「異臭って時点で帰りたいんだが」


「父さん、冒険ってこういうのだよ!」


「いや父さんは冒険者じゃなくて一般市民だって……!」


 坂上さんは苦笑しつつ続けた。


「危険性は低いです。

 ただ、自治体スタッフだけでは手が回らず……」


 メグは胸を張る。


「まかせて! メグ、気合入ってるから!」


「……帰れないやつか、これ」


 こうして父娘の“社会をちょっと直す冒険”が始まった。


***


 横浜北部の里山は、都市近郊とは思えない静けさだった。


「メグ、足元滑るぞ」


「父さんこそ気をつけて!」


 案内役の自治体スタッフ・小林さんが説明する。


「この先の小川が、昨日の夜から濁水になっていまして。

 上流に工場も農家もなく、違法投棄の形跡もありません」


「じゃあ大雨で土砂が?」


「成分が少し違うんです。自然の濁りと一致しない箇所があって……」


 小川に辿りつくと、たしかに濁りは不自然だった。

 水面に油膜のような揺らぎがある。


 メグが鼻をひくひくさせる。


「なんか……土と、油? 混ざってるみたいなにおい」


「油?」


 隆太は前のめりになる。


「それ、ガソリンっぽくないか?」


「うん、ガソリンスタンドでかいだ臭いに似てる!」


 小林さんは目を丸くした。


「しかし、この付近にはガソリンを扱う施設はありません。車もほとんど通らないはずで……」


 その時、メグが丘の斜面を指差した。


「あそこ。あそこの地面だけ色が違うよ!」


 近づくと、草地が四角く沈んでいた。

 踏みしめると、わずかに空洞を感じる。


……これは、昔の住居跡か?


 自治体データを照合すると、小林さんが驚いた声を上げた。


「空洞反応があります……ですが記録がない……!」


「たぶん、20〜30年前に誰かが住んでいた民家の残置物だな」


 隆太が呟く。

 過疎化が進み、維持ができず取り壊された“無届けの家屋”は全国に無数にある。


 三人は慎重に地表を薄く掘る。


 そして現れたのは――

 赤く錆びた金属ケース。持ち手。給油口。


「これ……!」


「民家用のガソリン式ポータブル発電機だな」


 隆太は確信を持って言った。


「過疎化した山村の一軒家で、生活用に使われてたやつだ。

 撤去の過程で壊れて、埋め立てられたんだろう」


「じゃあ、ガソリンが……?」


「タンクの破損で少しずつ染み出して、昨日の大雨で一気に流れたんだ」


 メグが神妙に頷く。


「……じゃあ、水がにごった原因、これなんだね」


「メグが匂いで気づかなかったら、もっと流れ込んでたかもしれん。

 すごいぞ、メグ」


 頭をぽんと撫でると、娘は照れ笑いを浮かべた。


 掘り出しかけの発電機はひどい状態だった。

 外殻は腐食し、燃料タンクは完全に割れ、内部エンジンも固着している。


 ただ――


「フレームや巻線は資源になるな。自治体のリサイクルセンターで分解すれば使える」


「そうなの?」


「ああ。“社会の役に立つ遺物”ってやつだな」


 三人は、発電機を今すぐ掘り出すのはやめ、

 位置情報・状態・周囲の汚染量を正確に記録した。


「メグ、今日は確認までだ。

 回収は“別のクエスト”として専門の人たちが来るからな」


「うん! それがいいね。メグが持ったら転びそうだし!」


「父さんも絶対転ぶ自信ある」


「えー、そんな弱気なの!?」


「弱気じゃなくて現実だよ!」


 三人の笑い声が、里山に響いた。


***


 自治体スタッフがギルドに報告を送る。


「メグさん、お父さん。今日は本当にありがとうございました」


「はい! メグね、こういうのワクワクする!」


「……父さんは異臭ポイントで心折れかけたけどな」


「大丈夫! メグが守るから!」


「いや逆! 父さんが守る側だから!」


 歩きながら、メグが空を見上げて言った。


「ねぇ父さん。

 壊れた発電機みたいに、忘れられたものを見つけて、

 未来にちゃんとつなぐのって……なんか、冒険っぽいね!」


 隆太はしばらく黙って、それから笑った。


「……そうだな。

 冒険ってのは“誰かが見落とした問題に気づくこと”かもしれん」


「じゃあ今日のメグ、冒険者だった?」


「うん。文句なしの百点満点だった」


「えへへへへ!」


 二人の笑い声が、夕暮れの里山に吸い込まれていった。


 魔法はない。

 モンスターもいない。

 だけど、社会のほころびはどこにでもある。


 それを見つけて、誰かが直す。


 その“誰か”が――冒険者だ。

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