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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

誰がきかん坊を殺したのか?

作者:

ボンバーは木に吊るされて揺れている。…まだ十歳過ぎたばかりの子供なのに。バスターは泣きながら、友達が木の果実に生まれ変わって揺れているのを見ていた。生まれ変わっても死んでいる、と思った。それは黒人だけの死に方だった。昔は、他所から流れて来た牛泥棒もこうして吊るしたらしいけど、奴隷が違法になった今は、黒人だけの死に方になった。

ボンバーは木の、歪に大きな実になって揺れている。木になって別の生を生き始めた精霊の伝説とは違う。精霊は今も生きている。見えないが生きている。そう、大人たちは言う。教会にも通っている癖に、教会で教えないそれを言う。精霊は見えないが生きている。でも、それを覚えている俺達は、ちょっとずつ死んでいく。ある日突然、こんな風に、木にぶら下がって。どうして俺達、いつでも死んでいくだけなんだろう。どうして俺は、ボンバーが揺れるのをただ眺めているだけなんだろう。それは背が低いからだ、とバスターは自答した。背が大人みたいに高かったら、ボンバーのぶら下がって揺れている腰をしっかり掴む事が出来たら、一人で降ろしてやれるのに。木の実になって腐っていくだけの友達を、人間の死体に戻してやれるのに。人間の死体。子供の死体。でも、白人達は「黒人の死体だ」と言うだろう。「南部の黒人の死体は、木に生っているものだ」。そうして元の通りにぶら下げてしまうだろう。

バスターは無茶苦茶な事をするやつという意味の名前だ。でもボンバーは、もっと無茶苦茶するやつ、という意味の名前だ。バスターはいつも、ボンバーが次にどんな悪戯をするかハラハラしながら見ていた。ボンバーは、大人達にはいつも口答えをしていた。大人達の教える事はいつも破った。叱られ、尻を叩かれば叩かれる程に意地を張った。教えと逆の事をした。大人達はそんなボンバーを見て苦々しく言った。「何が二十世紀だ。ここは南部だ。お前は黒人だ。白人の気に障る様な事をするな。神様の気に障る様な事をするな」。その言いつけは逆さまになって、ボンバーの信条になった。それでボンバーは誰彼なく、自分より背の高い奴の気に障る様な事をする子供に育った。

ボンバーは、大人達が間違っている事を確信していた。それを見た子供達が、ボンバーについて回るのは当然だった。ボンバーはよくついて回る仲間も殴った。バスターも殴られた。それでも、ついて回る子供達は減らなかった。

それでバスターを含む子供達は、遂に皆で、その無茶苦茶な奴を「ボンバー」と呼ぶ様になった。母ちゃんに尻を叩かれて泣いて謝る様なへなちょこの俺がバスターなんだったら、あいつはボンバーって位には呼ばれて然るべきなんだ。そうバスターは納得していた。ボンバーは爆弾だった。でも、爆弾は爆発したら爆弾じゃなくなる。

それで、ついに爆発したボンバーは、誰かに殺されて、誰かに木に吊るされた。吊るした奴は、こういう我儘な奴は、我儘な黒人は殺されるのだ、と、広く皆に知らせる様に、高く吊るした。

でも、誰がボンバーを殺し、誰が吊るしたのか、今になってボンバーを見つけたバスターには分からなかった。

大人達は口を酸っぱくさせながら言った。「白人の気に障る様な事はするな。神様の気に障る様な事はするな」。ボンバーは、反対に、誰彼なく気に障る様な事をした。白人にもしたのを見た。母ちゃん連やケイトおばさんが歌う歌に出てくる、神様をコケにしたのも見た。歌を自分で作った。「神様、あんたは透明だ。だからあんたの腹が黒いのはお見通し。俺達の肌と同じさ」。そう、わざと聞こえる場所に来て大声で歌い、ケイトおばさんに尻を叩かれた。次の日歩けなくなる程に、強く何度も叩かれた。だけどボンバーは、それでも両手で這って、次の日も悪戯を続けた。逆に大人達が何人も寝込む羽目になった。

だから子供達は、ボンバーを凄い奴だと褒めた。でも、だから、思い知らせる為に殺すかも知れない。誰でもボンバーを殺したい理由がある。白人達も、神様も。

でもボンバーはそれだけじゃない。時々、自分がしたい事にさえ逆らった。自分自身にさえ気に障る様な事をした。ボンバーは真っすぐじゃなかった。ボンバーは自分の気に障る様な事を自分の意に反してしてしまい、だから機嫌が悪くなり、次はもっと気に障る様な事をして、また気分が悪くなる。永遠に気に障る事の負のフィードバックが続く。ボンバーの人生は、負のスパイラルだった。落ちていくだけで、それでそのどん詰まりがこの木にぶら下がる事だった。バスターは時々思った。ボンバーは、白人や神様を殺すより、自分を殺す方が早いかも知れない。そしてそれはその通りになった。


結局バスターは人を呼んだ。ケイトおばさんを先頭に何人かの黒人がやってきた。「いつかこうなると思ってたよ。いつかこうなると思ってたよ」とケイトおばさんは泣きながら言った。男達と一緒にボンバーを降ろした。ボンバーをボンバーと呼んでいた仲間達は遠くで眺めているだけだった。バスターも黙って泣いているだけだったから、誰もボンバーの事をボンバーと呼ぶ人間が居なかった。ボンバーはあだ名に過ぎなかったから。ケイトおばさんはボンバーを本当の名前で呼んだ。そして「言ったじゃないか、神様はちゃんと罰当たりな行いを見ているって。私は何べんも言ったじゃないか。地獄に落ちるって言ったじゃないか」と言った。

バスターは、誰がボンバーを殺して、誰が吊るしたのか知りたかった。それでバスターは思った。ケイトおばさんは、神様がボンバーをこうしたと思ってるらしい、と。その時、バスターは神様に復讐してやりたいと思った。出来ない事だけれど、すぐに思った。多分、出来ないからすぐに思ったのだ。神様は手の届く所にいない。それに、声もどうやら届く所に居ないらしいから。

しかし一方で縄を解いた大人の男はこう言っていた。「神様が殺しをやるもんかね。神様が子供の事を殺すもんかね。人間を殺すのはいつだって人間さ。黒人を殺すのは白人さ。黒人も黒人を殺すことはあるが、白人が黒人を殺す事ほどは多くない。奴らは俺達を同じ人間とは思っちゃいないんだから」。「白人の気に障る様な事は言っちゃなんねえ」とケイトおばさんは混乱した様子のまま頭を振りつつ言った。「奴らは俺達に対して神様みたいに振る舞う。だけど、本当の神様が子供を殺してもいいと言いなすったか?違う。『天国は子供らの為のものだ』と言いなすったんだ」と男は断言した。

バスターは分からなくなった。白人に復讐をしたらいいのか、どうか。白人は手の届く所に居る。だから、バスターは、それが分かったら、やらなくちゃならない事だと思われる様な気がした。それで、分からないままで居る事にした。「白人の気に障る様な事を言っちゃなんねえ」。結局バスターは、やっぱりケイトおばさんの教えは、いつも正しかったのだと思った。正しくて、恐ろしい。神様みたいに恐ろしい。独り言や心の中まで覗いて、心の中を知っていてこういう事をする。奴隷が解放されたと法律で決まっても、僕ら黒人達を奴隷から本当には抜け出させる事はない、あの神様みたいに恐ろしい。バスターは分からなかった。誰がボンバーを殺したのか、分からないままでいた。


とにかく、神様の采配で、バスター達の英雄、ボンバーは居なくなった。ボンバーが居なくなれば、ボンバーの事をボンバーと呼ぶ子供は居なくなってしまう。ボンバーは、ケイトおばさんが呼んだ一人のまともな名前の、昔生きていた子供として、これからも生きていく黒人達の思い出になった。

ボンバーが死んで木から収穫される様に引き下ろされた後、子供達同士の輪の中で、一度だけ「ボンバー」の名が呼ばれた。

「ボンバーは、」とバスターが呼んだ。「ボンバーは、自分で自分を殺したんだ。いつも、僕達が喜びそうな事と、反対の事をしたから。しなくてもいい事をしたから。わざと痛めつけられる様な事をしたから。皆が怖がって出来ない事をしたから。それでボンバーは、誰かを殺そうかと考える時、普通の奴が一番選ばない様な、自分自身を選んだんだ。子供なのに、自分を殺したんだ。殺した後、それからゾンビになって動いて、自分で自分を木に括りつけたんだ」それはバスターが初めて考えた御伽噺だった。御伽噺を考えるのも、いつもボンバーの役目だったから。

「どうして?」と他の子供がバスターに問う。「白人達が出来る事は、何だってボンバーにも出来るんだって示す為さ。神様が出来る事だって、ボンバーには出来る。だから…だからそうしたんだ」バスターは最後まで話し終えて、それから口を噤んだ。「でも…死なない方が良かったのに…殺さない方が良かったのに」と、子供達の輪の中で一番めそめそし続けている奴が、最後に言った。それ以降、ボンバーの名前を呼ぶ子供は一人も居ない。

現代日本人の自分がどの面下げて、想像でこんな話を、とも思うが、批判は読者に任せるべきかとも思い、投稿。拙作のモチーフである「南部の木には奇妙な果実が生る…」という情景は、ビリー・ホリデイが発表し、ニーナ・シモンらの名歌手が歌い継いだ歌『奇妙な果実』に因る。

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