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囚われの花②

今回は凄く長いです

 

 和国に連れて行かれる


 そうは決まったものの、この国での戦処理や他の者達の処遇の対応がまだな事から、すぐに戻るかと思われた和国の軍はしばらくの間、自分達が落とした王宮へと留まることになった。


 よって、果竪と美蘭は軍が和国に戻るまで、後宮の一室へとその身を移される事となった。


 せめてもの救いは、二人が引き離されなかったこと部屋に移されるまで果竪は安堵の気持ちに包まれていたが、部屋についてすぐに思わず立ちくらみを覚えた。


 というのも、果竪達が通されたのは後宮で最も豪華な部屋。

 すなわち、正妃の部屋だった。

 しかし、すぐさま部屋から出ようとしても兵士達がそれを許さず、ならばと自分達を和国に連れて行くと言ったあの男に頼もうとするも既にそこに姿はない。


 そうして果竪は納得しないままに美蘭と共に部屋に押し込められてしまった。


「お姉さま……」

「なんでこんな事に……」


 我が身の不幸を嘆いた事は多々あるが、それでもこんな風に分不相応の扱いで嘆いた事は一度もなかった――筈。

 いくら妾妃とはいえ、今までの部屋は豚小屋の方がましではないかというほど汚く狭い部屋だった。

調度品もなく、寝台は藁で出来ているという始末。


 まあ、そもそも自分は奴隷として買われ、その後なんの気まぐれか王の妾妃にされた。しかし、それは本当に気まぐれであり、果竪の顔の右半分を覆い尽くす火傷の醜い跡に王は一気に興がそがれ、寝室から放り出された。


 その後は、他の妃達や王宮の者達の笑いものとなり、捨妃というありがたくもない呼び名を贈られる事となった。

 妾妃として与えられたもの全てを奪い取られ、後宮の片隅にある廃屋で寝泊まりし、食事にも事欠くほどだった。


 美蘭が見かねて自分の食事を分け与えてくれたから何とかなったようなもので、そうじゃなければ今頃天に召されていただろう。


 せめてものと自給自足で大根栽培するが、それらも片っ端から焼かれてしまった。


 そんな後宮の底辺に居た妾妃に与えられたのが王妃の部屋。


 ナニカの間違いだ


 いや、もしかしたらこれは美蘭に与えられたものであって、その侍女として迎える予定の自分も成り行きでこの部屋に連れてこられただけかもしれない。


 そうだ、きっとそうに違いない


 果竪は自分を慰め、はやく向こうが間違いに気づいてくれる事を願った。


 しかし……


「よく似ていたわ」

「お姉さま?」


 キョトンとする美蘭に微笑みながら、果竪はあの黒衣の男を思い出す。


 まるで幼い頃の幼馴染みが大人になったような――いや、更に美しくなったような青年だった。

 怜悧な仮面の下に隠されてはいたが、それでもにじみ出る高貴さと気品、そして聡明さは老若男女問わずに酔いしれるだろう。

 全てを捨てて身を投げ出し、その腕に抱かれたいと願うに違いない。


 現に、美蘭もあの状況下で一時的とはいえあの男に魅入られた勿論、果竪も酷く美しい男だと思ったが、それ以上に思い出すのが彼を通して見てしまった幼馴染みの少年の事だった。


「あの人は元気にしてるかな……」


 疲れ果てて眠りに就いた美蘭の横に座りながら、果竪は幼馴染みを思い出していく。


 果竪は異民族の娘だった。

 特にこれといって特徴のない、平凡な家庭に生まれた平凡な娘だった。


 しかしある時、突然現れた人買いによって連れ攫われたのだ。


 因みに、その時人買いが本当に攫いたかったのは果竪ではなく、その幼馴染みの少年だった。

 果竪よりも四つほど年上のその少年は、まだ子供ながらゾクリとするほどの色香と美しさを持った聡明な少年だった。

 いわゆる、天才少年である。

 彼は異民族の出ではないが、村人達は彼と彼の母を優しく迎え入れ、村人として接していた。


 いつも一緒に遊んでいた優しい幼馴染み


 けれど、彼は人買いに狙われて怪我をし、そんな彼を守る為に果竪は人買いの前に躍り出て代りに攫われた。


「あの時の人買いの人達の悔しそうな顔は今でも思い出せるなぁ」


 それほど、極上の商品を逃がした人買い達は悔しかったが、果竪の幼馴染みを捜し出す時間はなかったのだ。

 というのも、果竪に翻弄された彼らは余計な時間を食ってしまい、異民族の大人達が既に先に幼馴染みを保護してしまったからだ。


 流石に多勢に無勢では敵わないとし、彼らは捕まえた果竪だけを連れていった。

 その後、奴隷市場で何度も売られたが、こき使われる事はあっても手をつけられる事はなかった。

 その理由としては、果竪が最初の買い手の妻につけられた火傷の跡のせいだった。

 最初の買い手は幼女趣味の極みとして、果竪を買ったが、それに嫉妬した妻が夫が手出しする前に果竪の顔を焼いたのだ。

 そのおかげで、まだ傷が癒えないうちに再び奴隷市場に出されてしまったが、貞操の危険だけは回避出来た。


 その後は色々なところに買われ、殴られ蹴られてきた。

 そうして最後に買われたのがこの王宮だった。


 下女と言う名の奴隷として必死に働いていた果竪は、十歳になると同時に王に妾妃として召し上げられた。

しかし結果は今までと同じで、その醜さがあっという間に王の興味を失わせ投げ出された。


 もともと、女性らしさとは無縁の体つきに平凡すぎる容姿をしており、特にこれといって秀でたものもない。


 しかも体つきは十四歳を迎えた今でも平凡であり、しかも月の障りすら来る気配がない。

 もはやこれは女として終っている筈。


 果竪は隣ですやすやと眠る美蘭を見た。

 月の障りが来てからの美蘭は、それまでの神々しい美しさとは別に、女として匂い立つような華を咲かせ始めている。

 穢れない清らかさの中に確かに生まれ始めた女の部分が酷く艶めかしく、それが男達の欲情をそそる原因となっている。


 果竪は寝台に突っ伏した。

 あらゆる面で年下に負けている。


 仕方ない事とはいえ、流石に哀しくなった。


 そうしてシクシクと泣き、いつしか果竪も眠りの世界の住人となったのだった。





 微かな物音に、急速に意識が浮上していくのが分かった。

 だが、果竪を目覚めさせたのはその息苦しさだった。

クチャクチャという耳障りな音と共に感じた息苦しさに目を開ければ、誰かが果竪の上にのしかかっていた。


 悲鳴を上げようにも、体が動かない。


 ようやく離された時には、息も絶え絶えに茫然と相手を見つめていた。

 まだ夜は明けていない。

 部屋は暗く、まだ目も慣れていない果竪に相手が再び近づいてくるのが気配で分かった。


「あ……」


 相手は誰なのか


 だが、その闇すらも敵わぬ雪の様に白い艶めかしい長髪にギクリとする。そして、その紅玉の瞳が自分を捉えた瞬間に背筋に走ったゾクリとするそれに、果竪は思わず身を震わせた。


 花の甘い香りが相手から漂ってくる


 それは香水だろうか?


「怖がらないで下さい」


 それは、地下牢で聞いた声


 美蘭に襲い掛かった男を一撃で屠ったあの麗人のものだった


 カチっと音がし、寝台横の台の上に置かれていた洋燈に灯が灯る。

 その眩しさに一瞬眼を細めるが、洋燈の光によってより艶めかしく妖艶さを増したあの男に果竪は飛び起きた。

 頭の上で一本に纏めていた髪は背中に流され、それも男の色香を増す要因となっている。


 と、そこで果竪はある事に気づいた。

 隣で寝ていた筈の美蘭が居ないのだ。


「美蘭っ」

「彼女ならば別室にて休んで頂いています」

「なっ?!」

「大丈夫ですよ。朝になればまた一緒に居られますから……そう、日中の間だけですが」


 その言葉に、果竪は言いようもない厭な予感を感じる。

 だが、それ以上に果竪は怒りを感じていた。


 こんな夜更けに男が女性の部屋に来る。

 しかも、既婚者の部屋に来るなど非常識ではないか。


 たとえ意に染まぬものでも、自分は王の妾妃。

 それ相応の扱いはされてしかるべきである。


「震えているのですか?」


 その手を振り払い、果竪は距離を取る。

 キョトンとした相手の顔が、酷く幼げに見えた。

 それが、より幼馴染みの少年を思い出させる。


 けれど、この人は幼馴染みの人とは違う


 果竪は心の中で思う


 いや、そう思いたかった


 あの人とは違うのだと


 そう思わなければ、これほどまでに似すぎているこの男に幼馴染みの面影を捜してしまうから


 もう二度と戻れないと諦めた故郷を思い出してしまうから


「果竪」

「っ?!」


 男が果竪を名を呼ぶ。


 どうしてその名を?


 今後宮、いや王宮で果竪の名前を知る者はいない


 美蘭でさえお姉さまと呼ぶ


 果竪の通り名は『捨妃』


 侮蔑と嘲笑でもってつけられたそれが、今の果竪の名だ


 誰かが教えたのだろうか?


 いや、その可能性はない


 今ではもう果竪の名前を知る者は殆ど居ないのだから


「驚いているようですね?どうしてその名を知っているかと」

「ち、近づかないでっ」


 果竪は近づいてくる男に厳しく制止の声を上げる。

 しかし、相手はそれをものともせずに近づいてきた。

 そしてとうとう果竪の眼前に来ると、その体を抱きしめた。


「っ?!」

「私は覚えていますよ。たとえ貴方が忘れてしまったとしても、貴方が果竪である事を」


 男の言葉に、果竪は目を見開いて男を見る。


 今、なんて……


「私は忘れない。あの屈辱と共に……あの憎悪と共に覚えている。私を傷つけ、貴方を連れ去ったあいつらを殺す事だけを考えていたのですからね」

「っ……」

「そして……貴女を取り戻すことだけを願い続けていましたよ、果竪」


 この人は、幼馴染みの少年だ


 もはや疑いようのない事実に、果竪は抵抗する事を忘れただされるがままに抱きしめられる


 あの優しかった幼馴染み


 いや、自分は何処かで気づいていたのかも知れない


 そもそもあれほど美しい人はそうそう居ないのだから


 けれど、それを何処かで認められなかった


 それは今の自分を見られたくなかったというのが大きい


 と同時に、あの優しかった幼馴染みがいとも簡単に人の命を奪うのを信じたくなかったのだ


「果竪、果竪、果竪っ」

「や、やめてっ」


 果竪は幼馴染みを突き飛ばす。

 あれほど会いたかったはずなのに、今はそのぬくもりが恐かった。

 それを知ってしまえば、もう二度と今までの自分ではいられない。


「わ、私は果竪なんて名前じゃないっ」


 醜い自分を見ないで欲しかった


 昔から平凡な容姿だったが、今はそれに輪をかけて醜くなった顔の半分を覆う火傷の跡を隠すように、果竪は袖で顔を覆う。


 美しくなった幼馴染みとは違い、酷く醜くなってしまった自分。

 女らしさは微塵もなく、成長期であるにも関わらず、体も幼児体型のままだ。

 せめて中身が優れていればと思っても、その中身さえ底辺を彷徨っている自分はあまりにも恥ずかしすぎる。

 今すぐ隠れてしまいたいと思うほどの恥辱が果竪を襲う。


 それだけではない


 今の自分は、この国の王の妾妃


 たとえ関係を結ばないままに放り出されたとはいえ、妾妃である事実は消えないのだ


 それに加えて、幼馴染みのなんと眩しいことか


 太陽の様な輝きでこそないが、冬に観る、あの凍りつくような月の輝きはまるで果竪を断罪するかのようにその全てを静かに、けれど確実に露わにする


 触れて欲しくない部分も全て見透かされるようで、果竪は今すぐ消えてしまいたかった


 どうして今頃になって、しかもこんな状況で再会してしまったのか?!


 会いたいと願った


 けれど、会うべきではなかったのだ


 これほど醜く穢れ堕ちた自分が会うべき人ではない


 相手は大国の人間


 自分は敗戦国の妾妃


 もはや隣に立つ事さえ許されない


 そこで、果竪はハッとした。

 いくら敗戦国の妾妃とはいえ、彼の本国に送るとされる相手の部屋に忍び込べば幾ら彼とて罪に問われてしまう。

 彼が和国でどれほどの地位に就いているのかは分からないが、配下となる兵士達がいる事は分かっていた。


 というか、彼に何があったのだろう?


 彼はもともと自分の居た異民族の出ではない外からの人間だが、それでも彼はあの村で暮らしていた。

 勿論、酷く優秀であのような小さな村に収まっているのが許されるような存在ではなかったのは確かだが……。


 だが、そこで果竪の考えは断ち切られる。

 再び深い深い口づけが果竪を襲い、口内を貪り尽くされる。


 こう見えて、まだ接吻の一つもした事のなかった果竪にとっては二度目の接吻。一度目は、先ほどすでに奪われた。

 寝ている間にされ、起きた後もしばらく離してくれなかったのだ。


 奴隷に身を落とした時点で好きな人と添い遂げる事は不可能だ


 と思っていたけれど、せめて夢だけはみさせて欲しかった。

 好きな人との接吻の夢だけは。


 しかし、幼馴染みはそんな果竪の夢を根こそぎなぎ倒していく。


 ようやく解放された時には、果竪は指一本動かす事すら億劫となっていた。


 彼はそれほど女性に飢えているのか?


 醜い自分に手を出すとなれば、確かにそれは危機的状況と言えよう。

 だが、本国に送るとされる相手に手を出すのは頂けない。

 まあ、自分は幼馴染みという事で気安さはあるのかもしれないが。


 彼が再び近づいて来たのを見て、果竪は慌てて口を開いた。


「も、もうやめて」

「果竪……」

「わ、私は和国に送られるんでしょう? 確かに、美蘭のオマケとして送られるとしても、まだ処遇の決まっていない状態で手を出すのは危険だよ!」


 決してないと思うが、もし王の寝台に送られるとすれば、その


 前に戯れとはいえ部下が手を出したと知れば確実に怒るだろう。

 この国の王などは、相手やその一家を血祭りにあげていた。


 勿論、女性達は残らず陵辱した後で、だが。


 それを知る果竪は必死に幼馴染みを止める。

 いくら戯れに手を出されたとしても、相手は自分の大切な幼馴染みの青年だ。

 あんな目にはあわせたくない。


 しかし、彼はキョトンとした後、何が楽しいかクツクツと笑い出した。


「その純真さも素直さもまるで変わっていませんね……安心しました」

「え?」

「そうですね……確かに、王のものに手を出すのは利口ではありません」

「なら」

「しかし、王自身であれば何も問題はない筈」


 目を見開く果竪に、彼は笑う。


「名乗り遅れて申し訳ありません。私は和国……和帝国が長――萩波と申します」

「おさ……こ、皇帝!?」

「そうなりますね」


 果竪は驚いて後退りしたが、掴まれた腕がそれを許さない。


「そんな……うそ……」

「嘘ではありませんよ」

「だ、だって、皇帝が……和国みたいな大国の皇帝が自ら先陣を切るなど危険極まりない行為を自ら行うなんてあり得ませんっ」

「部下だけを危険な目にあわせられませんから」


 必要とあれば死地にすら自ら赴くと言い切る目の前の幼馴染みに、果竪は畏怖を覚えた。

 目の前の青年は、確かにあの優しい幼馴染みだというのに、それすらも信じられなくなるほどの衝撃を受けていた。


 何もかもが混乱する


 そもそも、皇帝?!


 一体何がどうして?


 確か和国の現皇帝は確かに年若く美しく優秀なる青年だと聞いていた。

 そしてその絶対的なカリスマ性と統治能力でもって国を統治し、民から貴族に至ってまで人心を掌握していると名高かった。


 そう――腐敗しきった国を立て直した賢帝


 皇位を簒奪し腐敗を招いた前皇帝から国を救った由緒正しき皇位継承者


 それが、和国の現皇帝の呼び名だった


 もともと、和国は一人の偉大なる皇帝によっと統治されていた国だった。


 愛する后ただ一人を愛し、善政を敷いていた皇帝。

 しかし、その弟が欲望のままに兄夫妻を殺害し、国を奪い取ったのだ。

 その時、皇帝夫妻の皇子と生まれたばかりの皇女も共に殺されたと聞くが、忠臣達によって密かに外に逃がされていたのだ。


 そうして隠れ住んでいた皇子は長じると仲間達を集め兵を挙げ、国を腐敗させた憎き叔父から国を取り戻し民達を悪夢から解き放ったという。


 だが、更に凄いのはそこからで、最悪なまでに腐敗した国の整理に着手するやいなや、あっという間に国を立て直してしまった。

 勿論、それは現皇帝の力だけではなく、彼が国を取り戻す間に集めた仲間達の力量によるところも大きい。


 しかし、優秀揃いと言われる仲間達を集めた皇帝のその魅力こそが最大の勝因である事は疑いようもない事だろう。

 仲間達は強制されたのではなく、自ら集まった。

 身分も地位も失いながら、抗いがたい魅力を持った一人の廃皇子の元に、自ら集い引き寄せられ信頼と忠誠を捧げたのだ。


 噂で聞くだけだったけれど、一体どんな人かと思っていた。

 きっと凄く偉大な方なのだと。


 なのに、それが幼馴染みだったなんて


 果竪は意識を飛ばしかけた


 まさか、自分はその廃皇子を幼馴染みとしていたなんて……


「萩波が……皇子だったなんて……」

「ようやく、私の名前を呼びましたね、果竪」

「っ!」


 しまったと思った時にはもう遅い。

 萩波と呼ばれた青年は嬉しそうに果竪を抱きしめる。


「いやっ!」

「どうして嫌がるのですか? 貴女は昔の事を忘れてなどいなかった。そう……私の思ったとおり貴女は私のことを覚えていてくれた。なのに、どうしてそのようにつれない態度を取るのですか?」


 萩波が何処か縋るように言うが、果竪は気づかなかった。

 ただ、このとんでもない事実にただただ圧倒されてしまう。


 やはり自分には手の届かない相手だったのだ


「ずっと捜してました」

「え?」


 萩波がうっとりとしながら果竪の頬に触れる。


「ずっとずっと……あの時、人買いに連れ去られていく貴女をいつか必ず取り戻すと誓った」


 人買い……ああ、萩波はずっとそのことが心残りだったのだろう。

萩波は優しい人だった。そんな彼を間違いなく傷つけたあの出来事。


 彼のように優しい人にとって、自分の代りに売られた少女が居たと言うことはどれほど傷つく事だったか……。


 そうか……彼は捜してくれたのだ


 それだけで十分だった


「貴女の父君と母君、村の皆もずっとずっと貴女を待っています」


 十分だった筈なのに、その言葉に果竪の心は揺れ動いた。

 もう二度と会えないと思っていた両親、帰れないと思っていた村がまだ自分を待っていてくれる。


 果竪の中に望郷の念が渦巻く。


 帰りたい……気づけば、口からこぼれ落ちていた言葉が果竪の全てだった。


「ええ、帰りましょう」

「うん」


 帰りたい


 帰る


 あの村に、両親の元に帰る


 でも――果たしてみんなは受け入れてくれるだろうか?


 こんなにも変わってしまった自分を


「皆貴女を待っていますよ」

「うん、うん」


 萩波が労るように優しく囁いてくれる。

 その声音の心地よさに、全ての不安が溶けていくようだった。


「だから、共に参りましょう――和国に」

「……はい?」


 和国に行く?


 どうしてそこでその話になるのか?


 いや、もしかしたら家族や村の人達は和国に居るのかもしれない。

だが、それを問えば萩波は微笑みながら首を横に振る。


「わが国で強力な庇護を与えていますが、かの村は一つの自治地区として存在しています」

「なら……」


 と、そこで口を閉ざす。


 もしかしたら、美蘭の侍女として連れて行かなければならないのかもしれない。


 だが、そこで疑問が生じた。

 自分はてっきり美蘭を皇帝に献上するべく和国に連れて行き、


 自分はその侍女としてオマケでつれて行かれると思っていた。

 しかし、皇帝は萩波だった。


 つまり、美蘭を望んでいたのは萩波という事だ。


 ツキンと胸が痛みを覚える。

 なんだかよく分からないもやもやも渦巻いている。

 しかしそれに気づかないようにし、果竪は萩波を見つめた。

 確かに美蘭ならば萩波にお似合いである。


 自分は美蘭の侍女として、和国で美蘭を守り彼女が恙なく暮らせるように気を配っていくのだ。


 あの幼い美蘭を一人置いていく事など考えられなかったから、


 果竪はその選択を受け入れた。

 たとえそれしか道が無くても。


 ただ、それでもこれだけは願いたかった


「せ、せめて先に両親や村のみんなにあわせて欲しいの……い、一度だけでもいいから……そうしたら、きちんとするから」


 きちんと、美蘭に仕えるから


「果竪……それは受け入れられません」

「え?」

「私は一刻も早く貴女を国に連れて帰りたいのです」

「でも」

「まだあの愚王が逃げ回っている今、ここは安全な場所ではありません。いつあの馬鹿が貴女に接触しようとするか……そうなる前に早く戻らなくては」

「萩波……」

「これに関しては、先刻も申し上げた通りに早急に我が国へ来て頂きます」


 何を言っても無駄だと知り、果竪は項垂れる。

 いや、自分が望みすぎていたのだ。

 自分が昔と違ってしまったように、彼も昔とは違うのだ。

 いくら皇帝といえども、身勝手な振る舞いは出来ない。

 いや、逆にいえばそんな彼だからこそ賢帝と呼ばれているのだろう。


「そんな顔をしないで下さい。全てが終れば、必ずや場を設けますから」


 場を設ける……それよりも帰して欲しかった


 出来るならば、美蘭も連れてあの優しい場所に


 しかし、美蘭とすれば今後のことを考えれば皇帝の寵愛を受けた方がよほど輝かしいものとなるだろう


 もしかしたら、正妃にだってなれるかもしれない


 年齢差は大きいが、相手が萩波ならばきっと幸せになれる


「ただ口惜しいのは、一応敗戦国の妾妃という事で、貴女方は私達の戦利品という扱いになるという事です」


 それは、敗戦国の女達には当然の事である。

 一度戦に負ければ女達の扱いなどそんなものだ。

 美しければ美しいほど悲劇であり、権力者の妻妾とされるのだ。


 ただし、自分の場合には間違っても妻妾にはされないだろうが――


「ですが、そんな扱いも一時的なものです。果竪、貴女には私の後宮へ入っていただきます。美蘭妃は貴女の侍女の一人として」

「嘘でしょう?!」


 果竪は告げられる言葉に悲鳴じみた声を上げた。

 その顔は青を通り越し、萩波の肌よりも白くなる。

 ついで、体がガタガタと震え出す。


 そんなの何かの間違いだ


 はっ!もしかしたら、侍女としての入宮かもしれない


 ただ、侍女をつけられる侍女として


 いや、ちょっと待って、美蘭が侍女?


 自分が侍女だった筈!!


「じょ、冗談ですよね?!」

「冗談ではありません。どれほどこの時を待った事か」


 萩波は恍惚の笑みを浮かべていた。


「あ、じ、侍女ですよね、勿論」

「美蘭妃は侍女ですよ、貴女の侍女の一人として側に居てもらいます。とはいえ、好きな相手が出来れば辞めてもらっても構いませんが」


 その笑顔が、果竪を絶望に叩き落とす。


「ど、どうして……わ、私は捨て置かれた妾妃で……王族でもなくて……ふ、普通こういうのは王族か、美蘭みたいな美しい人がなるもので……」

「果竪」

「わ、私はただの異民族で……しかも、奴隷で」

「果竪っ!」

「っ?!」

「なんと言おうと、貴女が後宮入りするのは決まったことです」


 なんで……


 果竪の瞳からはらはらと涙が流れ落ちる。


 後宮?


 また閉じ込められるのか?


 華の苑なんて嘘っぱち


 裏では女の嫉妬と怨嗟が渦巻く恐怖の宮


 そこに、美しくもない醜い自分を投げ込むというのか?


 どうして?どうして?!


 せめて美蘭のように美しければまだ良かった


 けれど、身分も地位もない元奴隷である自分が入るなんて全く意味が分からない


 っ!もしや、萩波は趣味が悪いのだろうか?


 いやいや、和国の現皇帝の後宮には美しく咲き乱れる花々が競って入宮していると聞く。

 だが、それが萩波の本意かは分からない。

 もしやあまりも美しすぎる自分に辟易し、醜いのにも手を出してみようかと思ったのかもしれない。


 言ってみれば、美人ゆえの悩みという事か


 しかし、それに自分わ巻き込まないで欲しい


「なんだか凄く失礼なことを思っていませんか? 果竪」

「しゅ、萩波だって酷いことしてるわっ!」


 醜い自分を美しい姫君達の苑に投げ込もうとしているのだから――


「と、とにかく私は行きませんっ!」

「それは無理ですよ」

「どうして?!」

「貴女が敗戦国の者だからです」

「っ?!」

「主立った者達は全てつれて行かれます。もし国王が戻っても、彼が復権出来ないように、ね」


 確かに、主要な人物達をつれて行けば人材が足りず抵抗すら出来ないだろう。

 というか、心ある者達ならば国を見捨てた愚王に手を貸すとは思えないが。


「でも、私は下位の妃で……主要な人物なんかじゃなくて」


 いや、それに


「私はこの国の王の妾妃! 夫が居る身ですっ! 貴女の後宮には入れませんっ」


 後宮は王のもの


 つまり、萩波の後宮に入ると言うことは、自分は萩波のものになるということだ


 それは、夫を二人持つという重罪


 おかしな事だが、この国は一夫多妻制


 夫はいくら妻を持っても許されるが、妻が重婚をすれば死罪となる


 それは、貞淑な観念を持つ果竪にとっては耐え難い事だった


 離縁すればいいが、肝心の王は居らずそれも無理だろう


 というか、王が国を捨てた時点で離縁しているようなものだが、それを別としても果竪は受け入れられない


 そう……他の男の妾妃とされた自分が……しかも醜くなってしまった自分が、初恋の人の後宮に入る事など絶対に嫌だった


 しかも、その後宮には美しい姫君達が居り、正妃の座を争っている


 自分が選ばれる事などあり得ないが、それでも初恋の人が別の女性を妃に迎えるのを見ているのは辛すぎる


 かといって、一度他人の妻になった果竪が萩波の寵を争うだなんて考えられない


 結婚相手とは一生を添い遂げる


 その部族由来の貞操観念が、醜い自分への嫌悪とあいまり、萩波を拒絶する


 しかし、萩波は果竪にとどめを刺すような言葉を吐いた。


「では、ここでする事にしましょうか――婚姻の契りを」

「っ?!」


 突然押倒された果竪が悲鳴をあげる。


「離してっ!」

「…………」

「いや、いやっ! 私はこの国の王の妾妃ですっ」


 しかし、萩波は何も答えない。

 それどころかまるで苛立つように手を進めていく。

 服をはがれ、体をまさぐられようとした時だった。


 果竪の体が光り、萩波の手を弾く。


「……やはり、神聖さを保ったままですか」

「ふぇ?」

「まだ月の障りも来ていない……貴女の母君も強い巫女でしたからね……仕方ない事です」


 でも、だからといって逃がさない


 萩波が残忍な笑みを見せる。


「幾ら貴女が強い神聖を持っていても、月の障りさえくれば維持は難しいでしょう」


 くいっと白魚のような指が果竪の顎を掴み上向かせる。


「大切にしますよ……誰にも会わせず部屋からも出さず、貴女の中の神聖さが乱れるその日を待ち続けましょう」


 そう……乱れたら


「貴女は私の子を産むんですよ――果竪」


 そうしてまた閉じ込めて私だけが貴女を愛で愛しましょう


「二度と逃がしません……貴女は一生私の側に居るのです」


 その言葉が、果竪がこの国で聞いた最後の言葉


 次に目覚めた時、果竪の身柄は和国の後宮へと移された後であった――




皇帝に連れ攫われた妾妃


因みに、果竪が14歳で萩波が18歳です。

とはいえ、どっちにしろ15歳以下で手を出されるのか――果竪(苦笑)

まあ、最初は本編と同じにしようとしましたが、美蘭の設定が12歳ぐらいなので、単純に果竪の年齢を底上げしたという……。


と、まあ――ハラハラドキドキする昼ドラのような人妻ものではないうえに……なんかクリスマスとは無関係の話ですが、楽しんで頂ければ幸いです♪


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