囚われの花①
大根と王妃のパラレル設定で
戦勝国の王×敗戦国の妾妃ものです。
因みに、作中に出てくる和国は「なぎこく」と読みます。
まあ、パラレルなので国の名前の漢字もちょっと変えてみただけで、特に意味はありません。
負け戦になる事は分かり切っていた
なのに、それでも戦を強行した王はもう居らず、寵姫と共に家臣達に守られ船上の人となっている
残されたのは、主に見捨てられた者達だけ――
目の前で血飛沫が舞う。
自分の首から吹いたとは思う暇もなかっただろう。
醜く肥え太った男は、美しい少女に乗ったまま息絶える。
悲鳴を上げ絶叫する年端もいかない少女に、果竪は傷だらけの体で牢の鉄柵に阻まれているにも関わらず、すぐ横の男の骸に体当たりし横へと転がす。
「いや、いや、いやぁぁっ!」
「大丈夫よっ」
伏魔殿と呼ばれた後宮で唯一自分を慕ってくれた幼い少女。
その顔の火傷と未熟すぎる体つきから、名ばかりの妾妃であった自分とは違い、王に目をつけられ強引に攫われてきた少女は、名実ともに王の妃になる筈だった。
だった――そう、もしこんな事がなければ少女は今宵王の欲望のまま純血を散らされていた。
攫われてきたのは、今から三年前。
まだ初潮もなかった彼女は日々泣き暮らしていた。
そんな彼女を強引に手に入れようとした王だったが、彼女は巫女としての強い神聖を持っており、その力が王を拒んだ。
だが、王はそれで諦めるわけもなく、自分に対して敵愾心を露わにする少女をなんとしてでも手に入れようと自分の正妃を言いくるめてその警戒心を解きつつ、その日を待っていた。
すなわち、月の障りが訪れる頃を
月の障りはその名の通り、神聖を障るもの
それがくれば、神聖は崩れだし、王は少女を自由に出来る
そうして三年待ち、ようやく少女はこの前月の障りを迎えた
と同時に、少女の王の寝台行きは決まった
止めようとする果竪は殴り蹴られ、そのまま牢に放り込まれた
自分の無力さを歯がみしながら、それでも必死に逃げ出そうと
していた果竪の元に、その報せは来たのだ
大国――和国が攻めてきた
いや、違う。報復攻撃に来たのだ。
果竪が牢に放り込まれる一月前に、寵姫と佞臣達にそそのかされた王はよりにもよって今一番力を持つ大陸でも一、二を争う大国――和国に喧嘩をふっかけたのだ。
それを聞いた時は信じられなかった。
向こうは、確かに十数年前に政変が起き、愚王が統治するようになった。
しかし、数年前、賢帝と呼ばれた前帝の唯一の皇子が妹姫と共に帰還し、共に連れてきた多くの仲間達と共に、あっという間に政権を奪い返し荒れる国を立て直したという。
その見事な手腕はこの遠い国まで聞き及んでいるというのに、この国の王はかの帝を子鼠と見誤った。
最初は自分の娘を妃にと送り込もうとし、失敗した。
その後もあの手この手で送り込もうとするも色よい返事が来ないと分かれば、掌を返して兵を送った。
つまり、戦を仕掛けたのだ
この古くから続く由緒正しき神聖王国が負けるはずもない。
大陸で最も古く中心の国として栄えていた遙か昔の栄華に縋り付き、荒れ果てる今を見もしなかった王は、そうして間違った道を進んだ。
果竪や一部の心ある者達にはわかりきっていた。
この戦は確実に負けると
しかし止めようとした者は容赦なく投獄か処刑が待つ。
そうして暴走は誰にも止められることなく突き進んだ。
その結果が、この国への大群侵攻
王宮は混乱した
王が寵姫と一部の佞臣達を連れて逃げ出したからだ。
その騒ぎの隙を突いて、今日の夜に寝台に送られるはずだった少女が牢の鍵を持ってやってきたのだ。
逃げよう
少女は宝石類などの入った袋を片手に果竪を助けだそうとした。
それを売り払い、何処か遠くに逃げようというのだ。
だが、それは一人の男の出現によってあっけなく潰えた。
以前から少女に目をつけていた幼女趣味の好色家臣の一人が、その肥え太った体を揺らして少女に襲い掛かったのだ。
王宮の混乱に乗じ、彼もまた目をつけていて少女を攫い王宮から脱出しようとしていた。
男は少女を強引に連れだそうとするが、それより一歩はやく開いた牢から這い出て邪魔をする果竪を手ひどく打った。
そうして再び牢に押し込めると、少女を連れて外に出ようとしたのだ。
だが、少女からの思わぬ反撃に怒りを覚えてその場で強引にものにしようとした男は、突然首から上を失った。
牢の中からではあったが、男は牢のすぐ横に居た為、果竪は牢ごと体当たりし男を横に倒す。
そして、牢のすぐ外で泣き崩れる少女を抱きしめた。
そこに、一人の青年がやってくる。
その人こそ、目の前の惨劇を顔色ひとつ変えず無感動にやってのけた黒衣の麗人。
しかし、身に纏う黒服とは違い、頭の上で一本に纏めた長い髪は処女雪の様に白く、紅玉の如き紅い瞳は冷え冷えとした輝きを灯す。
まるで氷雪を司る女神のような人だった
儚くも美しく、女性の様に優美で華奢ながらも怜悧さを称えた美貌はどんな巫女よりも強い神秘性を纏っている
それこそ、性別を超越したその美しさは、後宮で見た美姫達さえも適わないだろう
髪の一本一本からこぼれ落ちるかのような色香と気品に思わず魅入られる
この世の者とは思えないその姿
思わず見とれる少女は言葉を失っている。
が、果竪は信じられない思いで彼を見つめる。
その美貌
昔よりも更に美しく磨かれ妖艶な色香に溢れてはいるが、それでも面影は残っている
いや、まさかそんな
と、果竪は自分の方に歩み寄って来る黒衣の男を気づく。
粗悪な石畳の上だというのに、まるで滑るように歩いてくる姿は、一種の舞を見ているかのよう。
そうしてとうとう自分達の目の前に立つ。
すらりとしたしなやかに伸びる手足。
傾国の美女すらも適わぬ女顔だが、やはりその長身の背丈は男性とすれば高すぎる事はないが、女性とは一線を画す。
その服の下には、この国の王とは違い日々鍛えられた肉体が存在する筈だろうに、その中性的な雰囲気がその予想を難しいものとする。
だが、見る者が見れば確実に気づくだろう。
その美女の如き美貌の下にある、猛々しい男性としての顔を
優美な美貌の裏に隠された凛々しく雄々しい彼の男性的な部分を
でも、それに気づけるのはごく一部のものだけ
たぶん、誰もが彼を見くびり、その刀の露とされたのだろう。
なのに、どうして果竪は気づいてしまったのか……
――ああ、自分たちも殺されるのだ
それほどに冷たい眼差しに、果竪の中に絶望だけが胸に広がった。
あの人と見間違った自分が馬鹿だった
確かにそっくりだった
いや、それ以上に美しく麗しい
けれど、あの人はとても優しかった
こんな風に他人を見つめる人ではない
そう……あの人である筈がなかった
果竪はせめて少女だけでも助けようと思った。
考えるまでもなく、この国の王の妾妃である自分は助からない
それでいえば少女も同様だが、せめてこの少女だけは助けたかった
だが、その時聞こえた声に果竪は動きを止めた
「……まさか、本当に此処に居るとは……」
その記憶の中にある声よりも更に深みがある美声にハッとして見上げれば、先ほどまで冷たかった眼差しは酷く焦燥したものへと変わっている。
まるで完璧な氷細工の女神像がある日突然人間へと変わってしまったかのような変貌ぶりに、果竪は少女を抱きしめる。
「――美蘭は……彼女だけは助けてください! どうか、この子は幼いんです。まだ何も分からぬ子どもです! どうか、この子だけは」
果竪は少女――美蘭をしっかりと腕に抱き締めたまま、必死に目の前の相手に懇願する。
完全無欠な美貌はそのままだが、最初に比べれば幾分か人間らしさを表した彼に、果竪は願った。
ああ、せめて自分が牢の外にいられれば
しかし、美蘭に襲い掛かったあの家臣は牢の鍵を飲み下してしまった。
最初から果竪を殺すつもりだったのだ。
「御願いです、どうか」
自分は殺されても仕方ない
もとより死んだも同然だったのだ
けれど、この子だけは
その時だった。
男が刀を振るう。
目にも止らぬ速さで繰り出されたそれは、果竪と美蘭を阻む鉄製の檻をいとも簡単に切り裂いた。
「っ?!」
「軟弱ですね……これがこの国の鉄ですか」
なんという粗悪品かと言い捨てる男に、果竪は少女を抱きしめる。
たった一撃で、いくら粗悪品とはいえ鉄を一刀した彼に言いようもない恐怖を覚える。
次は自分達を切り捨てるのか
「お姉さま……!」
「大丈夫! 貴方だけは」
男の美しさに魅入られていた美蘭も、その美しくも恐ろしい光景にようやく我を取り戻したのだろう。
ガタガタと震える彼女を抱きしめた果竪は、せめてもの抵抗にと彼を睨み付ける。
すると、男が困ったように微笑んだ。
ここで笑う?
その予想外の行動にあっけにとられる果竪に、男が口を開いた。
「私は貴女方を殺すつもりはありませんよ」
「っ?!」
「女性であろうと男性であろうと命を無闇に奪うつもりはありません。ここの人達と違って」
それが皮肉だと果竪はすぐに気づいた。
この国の王が向こうに攻め込んだ時、そこで失われる命など全く考えもしなかったのだから。
「ただし、だからといって自由にして差し上げる事は無理です」
「…………」
「貴女方には我が国に来て頂きましょう」
「っ?!」
和国へと連れて行かれる?
「わ、私達は……ただの後宮の住人……地位も身分もありません」
後の寵姫候補と言われていた玉蘭はまだしも、果竪は捨て置かれ一度も手をつけられていない捨妃。
しかも後宮に買われる前は奴隷として売られていた。
一方、美蘭も既に故郷はなく家族も皆殺しにされている。
それに、だ。
普通こういう場合は正妃や寵姫、それに王の親族を連れていくものではないだろうか?
後は、気に入った女性や王に献上するべき女性などを……
もしや、美蘭を和国の王に献上しようとしているのか?
そして、自分まで連れて行く理由としては、美蘭の侍女か、それとも美蘭に言うことを聞かせる為の人質として考えてるのかもしれない。
敵国の王に捧げられるとなれば、女性にとっては最大の屈辱だ。
それをこの子に強いるなんて……
果竪は相手を睨み付けたまま自分の懐に手を入れる。
この子に屈辱を強いる枷になどならない
それぐらいなら、自分は
「無駄な抵抗は止めて頂きたいのですが」
「っ?!」
いつの間にか距離を詰められ、懐に入れた手を押さえつけられている。
「何を」
「連帯責任という言葉をご存じでしょうか?美しい人」
「――っ」
冷ややかに笑う笑みはその陰に残忍という名の光を隠す。
けれど、果竪は男の言葉を理解した。
下手なことをすれば、この男は確実に美蘭も、他の皆も巻き込む。
「さあ、一緒に来て頂きましょうか」
バタバタと遠くから足音が聞こえる。
そうして新たに来た男の仲間達と思われる兵士達に美蘭が連れられ、果竪に至っては男に抱きかかえられて薄暗い地下から地上へと連れ出されたのだった。