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メモリーループ番外編 第一章 ビフォーアフター

 ここは何処?


 薄暗い道を歩き続けてどれぐらい経っただろう?


 気づけば、ひたすら歩き続けていた。

 進むしか無いから。

 戻ろうにも、道は闇に閉ざされている。

 だからぼんやりと見える前だけを信じて歩き続けていく。


 今までどおり。

 過去を、振り返らずに――。


――あれ?


 紫蘭は先の方で道に蹲る神物を見付けた。

 ようやく神を見付けた――嬉しくて、小走りで近づき声をかけた。

 一回、二回。


 三回目で、相手がゆっくりと顔を上げた。


 ワ タ シ?


 薄暗くてよく顔が見えなかった筈なのに――。

 紫蘭は。


 ふと場面が変わった。


『ふざけんな馬鹿あぁぁぁあっ!』

『煩い!この馬鹿紫蘭っ!』


 目の前に居た――は消え、代わりに少し先で喚く二神が現われた。

 まるで舞台のように、そこだけスポットライトが当たる場所に居るのは。


「……私と、利潤?」


 それは紫蘭と、夫の利潤だった。


 いつものようにどつきあう自分達。

 いつものようにケンカばかりして、口を開けば憎まれ口ばかり叩いて。

 利潤が紫蘭をからかい、紫蘭が本気で怒る。


 言い合いは何時しか突き合いに、そしてどつきあいに変わって大乱闘を引き起こす。


『うるせえ!このブスっ!』

『そのブスを王妃にしたのは誰だあぁぁぁっ!』


 紫蘭は頭痛を覚えた。

 改めて第三者視点から見てみれば、これほど大国の王夫妻らしくない夫婦は居ない。


 炎水界における列強十ヵ国の上位五カ国に入る浩国。

 その国王が夫の利潤で、妻が紫蘭である……しかも、王妃。

 だが、これでは一般市民の夫婦――いや、それは一般市民に失礼だ。

 長年連れ添った――いやいや、これもかなり失礼である。


 なんというか、結婚まで行かない腐れ縁の喧嘩っぷるである。

 しかもこの喧嘩は王宮の至る所でやっていたもんだから始末に悪い。

 自国の国王夫妻の仲の悪さを周囲に知らしめているなんて、まず統治者夫妻として駄目だろう。


 これでは浩国の民が哀れすぎる。


『ブスブスブスっ!』

『黙れこのボケ男!』


 ――こうして考えて見ると、紫蘭は全く王妃に相応しくなかった。

 一目瞭然とはこの事を言うだろう。


 では、利潤は?

 彼は王としては完璧だった。

 王として必要な才を余す事なく豊かに開花させ、それでもって名の通り浩国を潤す。


 生まれはごく平凡。

 育ちも恵まれ――どころか、マイナス値を辿っていたロクデモナイ神生。

 利潤もまた、その美貌と色香ゆえに神生を狂わされた。

 性別を超越した絶世の美貌は、麗しい美貌と妖艶な色香を持った男の娘にして、同性のみならず異性すらも魅了する。


 今まで抑圧されながらも開花させた才は、秀才を通り越した天つ才。

 文武に優れ、巧みな政治手腕は大国を治めるのに十分過ぎるほどで。

 あの気難しく冷酷非道で鬼畜な上層部すら心酔させるカリスマ性は当然ながら民達にも及び、上層部と共に並ぶ姿は絶景とさえ言われ毎年失神者を増やしていた。


 そんな彼らを、紫蘭は遠くから見ていた。

 他国の王妃に比べれば、外に出る事は比較的多かった。

 けれど、浩国王宮で行なわれる公式の行事には殆ど出席しなかった。


 代わりに、美しい上層部の女性陣が、王の傍に侍った。

 それだけで、十分だった。

 国民達が望む美しい王と上層部が並ぶ光景。

 民達が望むのは、王と上層部だけで、たいして美しくもない王妃など居ても居なくても関係ないのだ。


 美しい事は正義と言わんばかりに。

 王の傍に在れるのは、美しく秀でた者達が常識なのである。


 紫蘭は、輝く彼らが生み出す影の場所からそれをずっと眺めていた。


――そう……いつしか、言の葉は少なくなり、あんな光景も減っていった。


 今も乱闘中の『紫蘭と利潤』。

 あれは見慣れた光景。

 よくあった光景。


 でも、あれは過去の中でも遠いもの。

 いつしか、紫蘭は利潤とどつきあう事をやめていった。

 もちろん全く辞めたわけではないが――本心からのものは無くなったと言っていい。

 残されたのは、偽りの演技。


 あの日から、あの時から。

 彼が本当に愛している相手を知ってからは。


 紫蘭は、演じるようになった。

 本当は全てが変わってしまったのに、周囲には何も変わっていないように見せる為に。

 偽った。

 いつものからかいも、突き合いも、どつきあいも。


 全ては、彼の愛する存在を隠すために、守る為に。


 なのに――先で行なわれるあれに偽りは無い。

 まだ幸せな夢を信じていた『紫蘭』がそこに居る。

 利潤のからかいにに怒りながらもどこか嬉しくて、自分を『ついていない』と嘆きながらも、本当は『幸せ』だとどこかで感じていた。


 そう――幸せだったのだ。

 からかわれても、ブスと言われても。


 嬉しかったのだ。

 王妃に、なれて。

 いや、利潤と結婚出来て。


 こんな醜くて無才の自分が、愛する者と結婚出来るなんて。

 しかも相手は、本来であれば全く手の届かない、傍に居る事すら赦されない存在だったから。


 嬉しくて。

 嬉しくて。

 嬉しくて――。


 妬ましかった。


 彼の愛する者も。

 彼と共に居る事が当然とされる上層部も。


 妬ましくて、憎らしくて、そして愛しい。


 何よりも彼に対して、愛しくて、憎らしくて、妬ましくて――そして愛しかった。


 手の届かない光。

 彼らに相応しくありたい。


 それは彼の愛する存在を知ってからも願い続けていた。


 こんな相応しくない自分なんて嫌だ。

 変わりたい、変わりたい。

 今の自分と変わりたい。


 もっと明るく、もっと優秀で、そしてもっと美しく――。


 それが高望み過ぎるならば、せめて何か一つでも秀でたものが欲しかった。

 今の自分が嫌いだから、もっと違う自分になりたかった。


 そう――もっと、もっと変わりたい。

 昔の自分など消えてしまうぐらいに――。



 紫蘭の願いに呼応するように、先で利潤と乱闘していた『紫蘭』が消えた。

 そして、利潤も消えた。


 驚き目を瞬かせた次の瞬間、先程まで彼らが居た先に新たな者達が現われた。


『お~ほほほほほほ!このあたしから逃げられると思って?!』 


 紫蘭は目眩を覚えた。


 現われたのは、美しい男の娘達――と呼ぶに相応しい者達。

 しかも見覚えがある者達も含まれていた。

 悧按、秀静、来雅――確かあの三神は知って間も無いが、紫蘭に色々と良くしてくれた。

 知らない者達も居たが、彼らもまた際だった美しさは傾国と呼ぶに相応しい。


 そんな彼らが涙目で悲鳴をあげながら逃げる姿は、略奪者に襲われる麗しい姫君の如く。


 そして彼らを追いかけ回すのは、悪の帝王ならぬ


『下着寄越せえぇぇぇえっ!』


 紫蘭だった。

 といっても、自分ではない。

 突如現われた別の紫蘭である。

 利潤とどつきあっていた紫蘭の方がまだ可愛く思える。

 それほどに、先で悧按達を追いかけ回す紫蘭は何かが突き抜けていた。

 いや、あれは俗に言う変態というものだ。


 むしろ変態以外認めない。

 いたいけな子羊の如き悧按達を追いかけ回し、『男なら服を脱げ!自ら脱ぐ気概を見せなさい!』と言いつつ押し倒して下着をはぎ取る痴女を変態と言わずして何と言う。


 助けを求め、理不尽な暴力に必死に耐える悧按達。


 ああ、彼らこそヒロイン。

 囚われのお姫様。

 悪の帝王に攫われ勇者の助けを持つ気高き姫君達。


 たぶん、需要があるのは彼らの様な姫だろう。


 それに比べて、あそこで好き勝手する『紫蘭』のなんとハレンチな事か。

 いや、そもそも神として間違っている。


『ふっ!そう、そうよ!それでこそ真の受け道!受けとして、姫として、攻めの心をグイっと掴むのよ!いえ、何もしなくても貴方達は受け!リバでも良いけど、やっぱり責め苛まれる受けの方が輝いてるわよ!』


 受けって何?!

 攻めって何?!


 戦?!戦なの?!


 リバって何の言葉?!


『むふふふふふっ!突然の侵略者に襲われ他国の後宮に拉致された麗しき男の娘達!侵略者の慰み者にされながらも、いつか現われる白馬の王子様を待ち続ける!でもそんな思いすらも嫉妬深い侵略者には赦されず余計に激しく攻められて!そしてとうとう結婚式が行なわれるその日に、凪国国王の萩波様が助けに駆けつけるのよ!』


 萩波様は王子じゃなくて王ですから!


 じゃなくて、後宮に拉致って――いやいや、世の中には男の娘が大好きな相手は多……いや、かなり多いのも確かですけど!

 ってか、利潤に花嫁候補を宛がう以上に、利潤を花嫁として自らが浩国国王になろうと企み実行する者達がかなり多かったですけど!!

 もちろんその間は、自分なんて完全に蚊帳の外に置かれてましたけど!


 むしろ利潤と結婚した王妃?

 何それ美味しいの?

 ってか幻覚幻聴幻想だから、それ。


 なんて嘲笑と共に切り捨てられたけど。


 でも萩波様の場合は後宮なんて開いて――いや、もしかしたら今は開いているかもしれないけど……って、違う!!


 紫蘭は心の中で叫んだ。


 萩波様、王妃様居ますから!

 果竪ちゃんの事大好きですから!!


 その目を見れば分かってしまった。

 だから、彼が他の男の娘に手を出すなんてあり得ない。


 そう――まあ、もしかしたら長い年月を経て性的嗜好がチェンジしてしまっているかもしれないが。

 ただ、紫蘭の知る萩波は果竪を大切に愛しんでた。


『さあ!後宮で咲く花に下着なんていらないわ!むしろ全裸よ!いえ、卑猥でイヤらしくセクシーな衣装を身につけなさい!そして一定期間身につけたら寄越しなさい!オークションで売ってその売り上げを孤児院や母子家庭に寄付して差し上げるからっ!』


 孤児院側が拒否しないだろうか?

 母子家庭に一波乱巻き起こすのではないだろうか?


 そして、彼らの神権総無視されている。


『その白く艶めかしい、男を誘う体を隠す事は罪!オークションの売り上げの為にも!下着を寄越せえぇぇぇえっ!』


 悧按達の悲鳴が一際大きく響いた瞬間、紫蘭は耐えられなくなった。

 そして駆け出し、暴走する『紫蘭』へと手を伸ばす。


 もう一神の自分を、止める為に。


 その手が『紫蘭』に触れ――


 『あなたの願い通り変わったのに、何が不満なの?』


 え?


 突然目の前に走った閃光に何もかもが飲み込まれる。


 変わった?

 変わった?


 私は、こうなりたかった?


 ……って、確かに変わりたいと願っていた。


 でも、でも、でも――。


「これはないでしょぉぉぉぉぉぉっ!」


 絶叫と共に気づけば、紫蘭は寝台の上で上半身を起こしていた。

 視界に、驚いた顔も美しい彼らが居た。


 悧按、秀静、来雅――。

 そして、侍女服を身に纏った者達も数名。


「……し、紫蘭、様?」


 恐る恐る声をかけてくるのは来雅。

 一体何事かとこちらを見る彼らに、紫蘭は荒い呼吸を繰り返しながら口を開いた。


「ご、ごめん、な、さいっ」

「い、いえ、何か、悪い夢でも見たのですか?」


 絶叫と共に飛び起きたと言われ、紫蘭は先程の事を思い出した。


「そ、その……」


 あんな事を口に出せないと思いつつ、何故か勝手に口が動いていく。


「実は、夢で私が来雅さん達の服を」

「服?」


 ああ、一体何を言い出すんだこいつ――とイタイ子を見る様な眼差しで見られることは確実だ。

 なのに口は動き続ける。


「来雅さん達を追いかけ回して、服をはぎ取りまくって……」


 そして一通り、紫蘭は来雅達を襲っていたもう一神の『紫蘭』の行動を全て暴露した。

 それはもう事細かに。

 不思議なのは、口にしたのはそれだけで、あの利潤とどつきあっていた事については一言も零れる事が無かった事だ。


 が、そんな事を悠長に考えている暇は無かった。


 紫蘭でさえ気絶したかった――いや、もう一神の紫蘭の存在を抹消したいぐらいのハレンチすぎる光景に、夢の中で被害者にされた来雅達が絶句しないわけがない。

 というか、なんで自分はあんな夢を見たのか。

 いや、夢の中であんな事をしていたのか。


 夢というのは深層心理が出てくる場所だ。


 もしや、紫蘭は来雅達にあんな事をしたいのだろうか?


 いや、浩国では彼らに負けず劣らずの男の娘である夫や上層部男性陣が傍に居たが、彼らに対してはそんな事をしたいなんていう気持ちは全く無かった。


 となれば、来雅達だからこそやりたいのか?


 それか、自分が気づかないだけでやりたいと思っていたのだろうか?


 紫蘭は自分が利潤達の服をはぎ取る光景を想像してみた。


 ……ない、絶対にない。


 全然萌えないし、グッとも来ない。

 色気はあるだろうが、むしろこちらの恥ずかしさが突き抜ける。

 ってか、男の服をはいで何が楽しいのだろうか。


 相手に心の傷を刻みこむばかりか、PTSDを発症させてしまうだけだ。

 百害あって一利なし。

 むしろ害しかない。


 そして利潤達の服なんてはぎたくもない。


 では来雅達の服ははぎたいのか?


 いや、それはそれで神として何かが終わってるし。


 どんどん自己嫌悪に陥っていく紫蘭とは裏腹に、来雅達は顔を見合わせていた。


『夢の中で……』

『こ、こんなハレンチな夢を見てしまうなんて』


 まともって――素敵。


 あれはあなたの普段の標準体制です――なんて言えない。

 確かに標準体制だけど、言える馬鹿が何処にいるか。


 いつもの紫蘭ならまだしも、今の紫蘭はその時の記憶が無いのだ。

 まともな、本来の紫蘭だと言う。


 というか、いつもの紫蘭なら夢の中で服をはぎとる自分に恍惚と浸り、そして恥?何それ美味しいの?!とばかりに夢を現実にするべく実行する。


 いや、実際にははぎ取らずに、脱いだ下着を奪い去っていく。

 脱いだものは自分のもの。

 はぎ取るのは犯罪だけど、自分から脱げばこっちのもの。


 そんな間違いすぎる信条の元に、『脱げ!!』と言う言葉を込めた凄まじい目力をこちらに送り、脱がなければいけない気分にさせてくる。


 そして中々脱がない、下着を寄越さない自分達に腹を立てていた紫蘭。


 むしろ、脱がないのならばこちらからはぎ取るまで――という普段のフラストレーション、ジレンマ、苛立ちが深層心理となって夢に出てきたのではないか?と思う。


 しかしそんな事を伝えられる馬鹿はここには居ない。

 わざわざ、悪魔の眠りを覚ます馬鹿は居ない。


 女神が目覚めて――いや、元々紫蘭は女神だが――いるのなら、あえて悪魔を起こす馬鹿が何処に居るだろうか。


 むしろ永久に眠っててください。

 と言いつつも、普段の紫蘭とは違うまともな紫蘭に安堵しつつもどこか物足りなさを感じるのも事実で――。


 はっ?!これはまさか、居れば鬱陶しいが、居なくなったら物足りなさを感じてそれが寂しさへと変わり、実は俺、あいつの事が好きだった、いや、愛してたんだと気づくパターンか?!


 恐ろしい思考の展開に、まず秀静が崩れ落ちた。


「秀静!しっかりしろ!」

「傷は深いが何とか持ち堪えろ!」

「くっ……悧按、来雅、ボクはもう駄目だよ」

「馬鹿!元寵姫組の一神として、その程度でくたばるなっ」

「そうだ!耐えろ!耐え抜け!というか、安綬を未亡神にする気か?!あっという間に他の男達が群がるぞっ」

「ヤダ!彼女はボクのものだ!ボクの大切な妻なんだ!」


 先程まで弱々しかった瞳に力が戻る。

 流石は安綬効果。

 彼女は不本意だろうけど、今全力で活用させて頂きます。


「死ねない!ボクはまだ死ねない!」

「そうだ、そのイキだ!」

「男としてそもそも失格な俺達に嫁いでくれた相手をこれ以上不遇の身にさせる事こそが罪だ!」


 そして固く抱き合う彼らは、ふとほったらかしにしていた紫蘭を思い出した。


「す、すいません!」

「ってか、そのおかしな夢は夢ですから!」

「そうですよ!所詮夢の中での出来事ですからっ」


 実は記憶を失う前の貴方です――なんて言えない彼ら。

 ならば無言を貫き通し肯定も否定もしないという選択肢をとろうとして失敗し。

 むしろ自分達の願望で、否定してしまった心の弱さを誰が責められようか。


 部屋に居た、他の元寵姫組と言う名の男の娘達も心の中で涙した。


 すいません、自分達の心の平穏と体の貞操を取らせてください。


 しかし彼らはすぐに後悔した。


「よ、良かった……ごめんなさい、凄く優しくしてくれた来雅さん達を、たとえ夢の中だとはいえあんな酷い仕打ちをしてしまったなんて……私、あまりにも自分が恥ずかしくて、腹立たしくて……」


 この神女神や!!


 マジ女神です、マジ聖女です!!


 むしろあのいつもの暴走紫蘭は何なんですかっ!!


 記憶失っただけでああも変態になるんですか?!


 涙ぐみながらも安堵に微笑む紫蘭に、来雅達の心は締め付けられた。


 どうしよう、これマジで女神様なんですけど!!


 確かに容姿はギリギリ平凡――というか、蛙顔だけど。

 もしかしたら醜いレベルに到達しているかもしれないけど。


 とても、可愛い。

 ってか、聖母です、あなた。


「それに、こんな夢を見てしまったなんて話してしまったのにそうやって慰めてくださって……本当に皆さんは優しいんですね」


 媚びの色は皆無。

 ただ心からの感謝の言葉に、来雅達は紫蘭を直視するのが難しくなった。

 あまりにも眩しすぎて、純粋過ぎて。


 しかも嫌な純粋ではなく、無垢ではない。

 相手を思いやり、相手への気遣いに溢れている。


 反対に、自分達は――。


「紫蘭様」

「はい?」


 これが、浩国王妃――紫蘭。


 柔らかい笑み、滲み出る優しい神柄。

 今もお茶を持ってきた侍女に温かく応対し、その侍女の心を掴む。


「美味しい……これは貴方が?」

「は、はい!!」

「凄く美味しいわ。さっきまで凄く怖くてドキドキしてたのだけど、これを飲むと心が落ち着いて……」

「あ、それは私の故郷でよく飲まれていたものなんです。その、心を落ち着ける作用があって」

「まあ!素晴らしいものなのね。でも入れ方も上手でなければここまでの味は出ないでしょう――ありがとう」


 微笑まれた侍女が顔を真っ赤にして俯く。

 他の侍女達も、流石は浩国王妃と感嘆の溜め息をもらしていた。


 ああ、やはりこの方は……。


 来雅達は以前の紫蘭を知らない。

 でも、これが以前の紫蘭だと上層部は断言する。


 以前の紫蘭。

 これが以前の浩国王妃。


「本当に……驚きですよ」


 これほど優しかった彼女から記憶を奪い、あんな風に変わってしまう何が。


 彼女に起きたというのか。



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