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メモリーループ番外編 第一章 豚もおだてりゃ本を読む

 一年の終わりを祝う宴――。

 今年最後を締めくくる凪国の大晦日祭は、遠方に轟く程の賑わいを見せる。

 それこそ、民、貴族関係なく、色々な催しを始めとして美味たる料理も振る舞われる。

 

 それは王宮も同じ事。

 今宵の宴には、各国それぞれが力を入れていた。


 最初が勝負だ。

 勝負は最初の一撃で決まる。


 そんな気迫と共に、いかに周囲の視線を釘付けにするかが問題としてそれぞれの迎賓館では準備に余念が無かった。


「『左』様と藍英様の二神でおつりが来るほどですよ」


 え?お前何言ってくれてるの?


「そうね黄葉!」


 しかも同意するお前も何してんの?


 あれだけ自分の夫が他の奴らの視線を釘付けにしてるのが気にくわなかったんじゃないのか?


「ってふざけんなお前らあぁぁあっ!」

「淑妃、いえ藍英落ち着いて!!」


 後ろから藍銅を羽交い締めにした雲仙だが、その男性美溢れる肉体美が生み出す筋力は今、押さえつけようとする力を前に逆に押し返されていた。


「まあ藍英様!海国後宮の華として陛下の寵愛も深い貴方様の美貌に釘付けにならぬ殿方などおりません」

「そうよ藍英。今回の宴はいかに周囲の視線を釘付けにするかが重要なんだから」


 それは分かっている。

 が、どうしてそれを藍銅がしなければならないのか。

 いや、隣に居るのが紅藍ならば喜んで視線を釘付けにしよう。

 しかし隣に居るのが雲仙?この雲仙?ってかこいつと?


「夫婦に間違われたらどうすんだよっ!」

「大丈夫です。既に完璧に間違われていますから」


 おほほほほほと笑う黄葉。

 藍銅こと淑妃の侍女となってウン百年。

 彼女は主の睨みも笑顔で受け流す。


「既に間違われ……って、俺には槐という妻がっ」


 なんでよりにもよって藍銅と夫婦に見られるのか?

 いや、確かに今の藍銅は女装ならぬ女体変化しているので男性体の雲仙と並んで夫婦と見られてもおかしくはない。

 だが理解出来ても納得はしたくない。


「くそっ!こうなったら男、男の姿にっ!」

「やめて下さい。藍英様目当ての襲撃者が百倍になります」

「そうよ藍英。共に来てくれた海国の者達をこれ以上傷つける事は赦されないわ」


 なら藍銅の心は激しく抉ってもいいのか?


 というか、このまま女体変化していれば藍銅は何か大切なものを失う気がした。


 といっても、ただ胸が出てるか出てないか、下が生えてるか生えてないかの違いぐらいしかないが。


「それに私付きの侍女の藍英が宴に顔を見せないなんてあり得ないでしょうが」

「侍女よりも夫として出たい。ってか、男として出たい。男物寄越せ、ってか雲仙その服寄越せ」

「まあ!恋神のワイシャツを着たけれど、凄くダブダブな所に萌え要素を感じる展開が繰り広げられるんですね!素敵ですっ」

「黙れお前!」

「うわわわ!藍英、落ち着け!服をむくなっ」


 黄葉を怒鳴りつけながらも、その手はきちんと雲仙の服を脱がしにかかっている藍英。

 しかしその服を身につけたが最後、絶世の美姫が愛しい相手の服を身に纏う事でその香りに包まれ頬を赤らめる――みたいな光景にしか見えないだろう。


「煩い!とっとと男物の服を寄越せ!」


 俺は男だと喚きながら、最後には男として出席すると騒ぐ藍銅。

 何処の子どもだと溜め息が漏れるが、愛しい相手に男として全く認識されていない藍銅の不憫さには雲仙も通じる所があるせいか酷く同情した。


 しかしだからといって、藍銅を男の姿でなんて出席させられない。

 そもそも海国の藍銅は王の淑妃であり常に女装姿。

 まあ男装させて出すという手もあるが、『海王の寵愛深い淑妃』は現在後宮で穏やかに暮らしている事になっている。


 実際には此処に来ていようとも、凪国上層部が把握していようとも、藍銅が出る事はあり得ない。


「藍英、女物を着ないなら宴に出ちゃ駄目よ」

「煩い!俺は男だっ」


 今までの鬱憤が爆発したようだ。

 噛みつかんばかりに吠える藍銅に紅藍はそれでも構わずに女物の衣装を押付ける。


「着て」

「嫌だ!」

「着ないと宴に出さないわよ」

「護衛として出るからいいっ」

「女護衛として?」

「だからなんで女に拘るんだっ!それともお前は女の俺の方が良いのか?!Aカップのお前の胸が悲惨過ぎるぐらいの美乳Fカップの胸を生やす俺の方が良いのか?!」


 パァァンと藍銅の横っ面に紅藍の張り手が入る。

 でも大丈夫。

 美形は殴られても顔に傷など負わない、むしろ即時自己修復される、これ世界の常識、ことわり


「私にケンカを売ってんの?!」

「事実を並べてるだけだろ!女体変化した俺の方がお前より腰がくびれてて尻の形が良くて胸だってお前より大きくて張りがあって完璧だ!見ろ、肌の張りと艶もお前とは比べものにならない」


 二発目の平手打ち。

 でも全く無問題。

 だって美形の傷は――以下省略。


「くたばれ!」

「はんっ!あの地獄の様な過去にも屈さず突き進んできたこの俺の耐久性を舐めるなっ」

「もげろ!」

「んな?!なんて酷い事をっ」


 むしろ傾国の美姫よりも美しい女顔の美貌と色香を持ち、女装がすこぶる似合っていて、女性としての所作も完璧な藍銅にとって、股間にぶらさがるものしかもはや男を認識させるものはない。

 もちろん、かろうじてだが。


「紅藍様、もげるのを待っているよりも自ら切り落としていくべきです」

「黄葉さん、何言ってんですか?!」


 雲仙は隣でうっとりと微笑む黄葉から距離を取った。

 あの朝霧とは似ても似つかない黄葉。

 それは美貌だけでなく、中身にまで至る。


 因みにそんな黄葉。

 今回紅藍達に同行する事を弟――後宮の男妃の一神である朝霧に出発前夜に告げたという。

 当然ながらシスコンの弟はショックのあまり倒れたという。

 流石はシスコン。

 やはりシスコン。


『ね、姉さんに捨てられた……』


 そうして姉の婚約者に介抱され、しかも慰められていた図は正しくお似合いの二神だったという。

 もちろん、互いにそんな気持ちなど一ミクロンたりとも無いが。


 そんな朝霧の姉――黄葉はと言えば、弟の硝子のハートを笑顔で砕いた事をすっかりと忘れ、ただただ目の前で戯れる紅藍達を温かく見守っていた。


 むしろ弟を見守ってやって欲しい。

 このままでは確実に朝霧は結婚出来なくなる。


「いいから着なさい女物!ほら、この貴族の姫君衣装!」

「嫌だ!むしろ姫はお前だろっ」

「家断絶してて姫も何もないわよっ!じゃあこっちの淑妃の衣装!」

「正体ばれるだろうがっ!」

「きぃぃ!もうどうでも良いから着なさいってば!」

「紅藍様、落ち着いて下さい!藍英もっ!」


 雲仙が慌てて中に入り二神を引き離す。


「離して雲仙っ」

「離しません!」

「紅藍に触るなボケがぁ!」

「ぐはぁっ」


 海国国軍にその神あり――と言われる雲仙の横っ面に藍銅の回し蹴りが決まった。


「ひ、酷い」

「藍英!貴方なんて事をっ」

「煩い!神の妻に触れるこいつが悪いっ!ってか俺は紅藍の夫だ!絶対に男として出るっ」


 なんかもう色々と吹っ飛んだ藍銅がいつの間にか手にしていた男物を身に纏おうとする。


「駄目えぇぇっ!」

「どわっ!」

「絶対に男物なんて着たら駄目!脱いで!そして女装してっ」

「なんでだよ!……っ、お前はそんなに女装の俺が良いのか?!」


 哀しそうに顔を歪める藍銅に、黄葉は笑みを消し、雲仙は体制を整える。

 普段は海国後宮で常に女装している藍銅だが、『女』として扱われる事を誰よりも嫌っている彼だ。

 必要だからしているのであって、そうでなければ誰が女装などするものか――と女装する自分をみっともないとさえ思っている。


 いや、後宮の男妃達は皆そうだろう。

 必要でなければ、誰がこんな格好などしようものか。


 こんな、みっともない姿で生きる事を強いられるものか。


「なんで……なんで……」


 男なのに、男であるのに。

 紅藍は藍銅が女装する事を望む。

 そうでなければ、自分の隣に立つ事を赦さないと。


 それは藍銅の心を容赦なく切り裂いた。


「紅藍様、あの」


 言いかけて黄葉は口を閉じた。

 何と言えばいいのだろう。


 今回は男として淑妃様が出席するのをお認め下さい?


 それが出来ないのはここに居る全員が分かりきっている。

 海国国王の淑妃――藍銅は、現在女性物を身に纏って後宮に居るのだから。


 俯き、体を小さく震わせる藍銅に雲仙も胸が痛んだ。

 いつも沢山の事を我慢してきた藍銅である。

 せめて今回ぐらい、一時的とはいえ自由を満喫させてやりたかった。


 そして外に出るにも女体変化してでなければ出られなかった彼に酷く同情していた雲仙は、縋る様に紅藍を見た。


 宴には男物を着て出られない。

 けれど、せめて何か方法は無いだろうか。


 しかし、救いの手は違う方向からもたらされた。


「何よ、そんなに藍銅は男の姿で宴に出たいの?」

「そんなのっ――紅藍?」


 涙目でこちらを睨付ける紅藍に顔を上げた藍銅は動きを止めた。

 傷ついているのは藍銅の方なのに。


「男として出たいの?宴に?」

「紅藍?」

「っ……」


 何かを耐える様な姿に、藍銅だけでなく黄葉と雲仙も困惑した。


「あの、紅藍様」

「なに?」


 黄葉の呼びかけに紅藍は歯を食いしばりながら返事をした。


「その、どうして、そこまで藍英様に女装して欲しいんですか?」

「……だから」

「え?」

「だからっ!宴に沢山の神達が来るからっ」


 沢山の神達に見られるから、嫌なのか?

 それは、自分よりも女性らしいと藍銅が言われるのが嫌という事か?


 違った――。


「女の神達が見るもの」

「え?」

「だから!藍銅が男の姿をしてたら、女の神達が見るの!」


 むしろ男の娘好きな変態達がガン見しそうだが。


「雑誌とかに書いてあったの!ある神妻の投稿で、凄く素敵な夫と一緒に大勢の神達が居るところに行ったら、沢山の女性達が彼を見てばかりだったって!だから、藍銅が男物なんて着てたらきっと」


 紅藍が叫ぶ。


「だから女物着てて欲しかったのっ!男物なんて着てたらっ!私より綺麗な女性に藍銅が盗られちゃうからっ」


 その叫びが室内に木霊し、しばらく経った頃。


「藍英様」

「ふっ、任せろ。この俺に抜かりはない」


 ちゃっちゃと女物の衣装を身につけ始める藍銅。

 顔と色気は女、でも性別は男で心も男。


「淑女の淑の字を冠する妃となってウン百年。本物の女よりも完璧な女となってくれよう」

「藍銅……」

「ふふ、藍英ですわ紅藍」


 袖で口元を隠し艶やかに微笑む藍銅はもはや完璧な美姫。

 侍女を通り越し、彼こそが姫君。


 彼は愛する女性の為ならば、性を偽る事すら辞さない。

 だって紅藍が嫉妬してくれたから。

 藍銅が男として女性の視線を集めるのが嫌だと言ってくれたから。


 もはや藍銅に怖い物など何も無い。

 完璧な女を演じてくれよう。


「紅藍様、素晴らしいですっ」

「ああ、まさに妻の鑑だっ」


 一件落着。

 微笑ましく見守られながら、藍銅と紅藍は愛を深め合っていた。



 因みに――。

 実はこの時、別の場所で同じ様な事が起きていた。


「涼雪、どうしてお兄さまに女物を身に纏ってもらいたいのですか?」

「だって明燐!明睡様はとても素敵でかっこよくて男らしくて!だからせめて女性物を身に纏って女性として振る舞って下されば女性達の目を引かないと思って――」


 と、可愛らしく嫉妬心を露わにしつつ、そんな自分を恥じる涼雪に。


「任せろ涼雪」


 いそいそと女物に身を包もうとする凪国宰相――明睡。


 見た目は男の娘でも、凪国では正式に男として認定されている(認めて居ない者達大多数だが)彼が。

 大晦日の宴で。

 女物を身に纏い。

 女として出席する。


「大問題でしょうがそれっ!」

「無理!ってかそれだけは無理!」

「安心しろ、茨戯、朱詩。この俺が本気になれば男として見破る女など誰も居ない」


 いや、それ以上に色々と問題がある。


 宰相が女装して宴に出席?


 大混乱が起きる。

 むしろ第一波は宰相を拉致監禁しようとする変態達の来襲だろう。


 そして次の日の朝の朝刊には、『やはり宰相は女だった!!』という見出しが一面トップ記事に載ってしまうではないか!!


 そんな事になれば、やはり他の上層部男性陣も皆『女』と認識されてしまう。


「誰か宰相を止めろ!」

「宰相、落ち着け!」

「我が君、どうかお気を確かにっ」

「離せ!俺は女装する!完璧な女として振る舞う!涼雪の願いを叶えてやるんだっ!」


 乱心宰相。

 

 それを玉座から眺めていた萩波は言った。


「大丈夫ですよ、皆さん。宰相の女装を披露したぐらいで揺らぐ我が国ではありません」

「いや!そんな事の為に強固な国作りしてきたわけじゃないからっ」


 ツッこむ医務室長――修羅の言葉に、宰相以外の全員が頷いたという。




 その頃――。

 明燐がその場を去ってしばらく経った大図書館の一角にて、紫蘭は読んでいた絵本を静かに閉じた。


 その絵本のタイトルは――。


「……王様に見初められて結婚した平民の少女は、そうして最後は静かに森の中で暮らしました――か」


 王様といつまでも幸せに暮らしました――ではない、結末。

 誰が書いたのかは分からないが、その結末はまるで紫蘭の事を暗示しているかのようだった。


 普通の平民の娘が、美しい王に見初められて王妃となり、でも結局幸せになれなくて、王は別の由緒正しい姫君を妻と迎えてしまう。

 それは誰からも祝福された結婚。

 そして王の寵愛を失った平民の娘は邪魔者として国からも追われ、最後は暗い森の中で一生を過ごした。


「……誰が書いたのかしら」


 まるで紫蘭を見てきたかのような、紫蘭の未来を言い当てるかのような物語。


 この幸せは仮初めなのだと警告する。


 幸せ?


 紫蘭は疑問を覚えた。


 果たして今の紫蘭は幸せなのだろうか?


 ……分からない。


 でも、まだ紫蘭は王妃で居なければならない。

 夫の為、夫が愛する女性の為にも。

 そして夫を敬愛する、皆のためにも。


 紫蘭は、その為の生け贄なのだから。


 本を戻そうとした手を止める。

 哀しい結末なのに、その本を持って本棚から離れる。


 何故そんな事をしたのだろう?


 けれど、紫蘭はその本を手に受付に向って歩いていた。

 そしてその本を借りてしまう。


「珍しいね、あんたがこういう絵本を借りるなんて」


 受付をしてくれた司書の女性にそう言われ、紫蘭は絵本を見つめた。

 そうか――彼女の知る紫蘭であれば珍しかったのか。


 ふと、言葉がついて出た。


「なら私らしい本って?」

「そりゃあ、ぼーいず……」


 そこで言葉を止めてしまった司書は、キョロキョロと辺りを見回した。

 何かあったのだろうか?


「い、いや、そうだ!新しい本が入ったの!これも借りてみない?」

「え?」

「恋愛物とかじゃないんだけど、凄く読み応えがあるわよ!」


 そう言って渡されたのは、分厚い一冊の本。


「これは?」

「『王女の休日』って言う本なの。今までずっと王宮で暮らしていた高貴な王女様のお話で、ずっと外に憧れていた王女様がある日訪問した友好国で、念願の外に飛び出し庶民の生活を楽しむって本!」

「へぇ~~」


 庶民出身の紫蘭とは違う、生まれも育ちも尊いお姫様が自由に憧れて冒険するお話。

 確かに生まれながらの王族や貴族の姫君であれば、生涯王宮から出ない、家から出ないという者達も居る。

 結婚して家を出るという手段もあるが、その場合は鳥籠が変わるだけだ。


 そしてそれが当然として教育されている姫君達はまだ多い。

 大戦が終わった今も、昔に比べれば自由にはなってきたが、全てが一度に変わる事は難しく、まだまだ大戦最中の体制が続いている所もあるという。


 しかし、いくらそれが当然とされていても、だからといって外に興味を持たない姫君が居ないわけではない。


 そんな高貴な姫君が主人公のお話。


 今まで見た事のない物を見て、聞いて、体験する。

 自分の常識だけでは計り知れない新しい事を知っていく。


 そんな内容の話は、紫蘭にも興味が持てた。


 楽しそう――。


「どう?借りてみる?」

「ええ、借りたいわ」


 すぐにそれも貸し出しカードが渡され、紫蘭は名前を書いていった。


「けど本当に運が良かったわね。その作者の本って元々神気が高いから、入荷したって出したらあっという間に借りられちゃうんだから」

「そうなんだ……」


 返事をしながら、紫蘭はパラパラと最初のページに目を通し始める。


「凄く楽しそう。ありがとう」

「いえいえ。あ、次はもちろん私が借りるから」

「こういう話が好きなの?」

「もちろん!高貴なお姫様のお忍びなんて面白いじゃない。そしてそこで巻き起こす大騒動!価値観が違うからこその天然っぷりとか――って、実際にあったらヒクけど」

「え?」


 思わず本を取り落としそうになった紫蘭を余所に、司書の彼女は言葉を続けた。


「だってお話だから良いけど、実際に身分あるお姫様が勝手に外に出たら警備の神達の責任が問われるでしょう。で、お忍び先で何かあれば大騒ぎだし、何よりも友好国って事は相手の国にも迷惑をかけるって事でしょう?国際問題よ!それにもし誘拐されたら?今までずっと屋敷の中に居て世間知らずなんだもの、その可能性だってあるわ。でなくとも、よからぬ考えを持つ相手が近づいてきたら?」

「あ……」

「だからお話なら良いけど、実際にはねぇ」


 確かに、実際にそんな事があれば大問題になるのは必死である。


「まあ、とにかくお話として読むなら良いって事よ。ってどうしたの?」

「え、あ、ううん」


 何でも無い――そう小さく呟き、紫蘭は本を胸に抱えた。


「貸し出し期間は一週間だからね」

「分かったわ」


 果たして一週間も自分はここに居るのか分からないが、とりあえず借りた本はきちんと返す。


 そうして図書館司書に見送られた紫蘭は、図書館の玄関へと歩く。


 が、外に出て思い出す。


「そういえば戻る時は司書に声をかけろって言われたっけ」


 慌てて歩き出そうとした紫蘭だが、ふと受付に長蛇の列が連なっているのを見て思いとどまった。


 あれでは声をかけるだけでも一苦労だ。


「……でも、今滞在している場所までの道順は……」


 いや、知っている。

 明燐と一緒に此処までくる時に、滞在場所近くのバス停の名前は覚えていた。

 だからバスにさえ乗れれば何とかなる。


「確か乗り物のお金はかからないって言ってたし」


 そうと決まれば、紫蘭はいそいそとバス停へと向う。

 しかし彼女は知らなかった。

 実は一つの街の様に広すぎる王宮内のバスの路線が、二十本もあるという事を。


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